自分の言い分を通すために、「オリンピック・パラリンピック」を利用する人たち【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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自分の言い分を通すために、「オリンピック・パラリンピック」を利用する人たち【仲正昌樹】


東京オリンピック開催にあたってはさまざまな問題が噴出した。その間に新型コロナウイルスの感染者数は再拡大し、いまはデルタ株を主とした感染爆発の第5波のなかにある。次なるパラリンピックに向けて、開催中止の声も高い。五輪開催前から続く五輪反対、中止のデモはいまも続いている。とはいえ、読売新聞社が8月7〜9日に実施した全国世論調査で、東京五輪が開催されてよかったと「思う」は64%に上り、「思わない」の28%を大きく上回った。この状況下で哲学者・仲正昌樹氏は何をどのように見ていたのか? 近刊『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)がロングセラー中の仲正昌樹氏の視点と考察には、「根拠があるか否か」をつねに問う姿勢があった。そして、「オリ・パラ反対騒動」のなかで見えたものはいったい何だったのか?


緊急事態宣言下、首相官邸前で行われた東京オリンピック・パラリンピックの反対デモ(2021年8月2日)。

 

 七月の最初くらいからの、「オリンピック・パラリンピック」(以下、オリ・パラと略記)に対する、マスコミやネット上の否定的な意見の大半は、日本人の醜い面を見せつけられているようで非常に不快である。反対派の言い分は、大きく分けて四つある。

 

①オリ・パラのせいでコロナ感染が広がる

②オリ・パラで気分が緩んだ人が出歩くことで感染が広がる

③オリ・パラ対策のためにコロナ感染者に対するケアが手薄になる

④オリ・パラは政権の人気取りのために利用されている

 

 まず、①「オリ・パラのせいでコロナ感染が広がる」ははっきり検証できない。来日した選手や関係者が新しくウィルスを持ち込む可能性はあるし、現にオリンピック期間中大会関係者で数百人が陽性判明しているが、オリ・パラと関係なく来日している人はいる(一日二千人程度)し、日本中に既にウィルスはかなり蔓延している。大会関係者は(たとえ穴はあったとしても)少なくとも普通の日本在住者よりも厳格なチェックを受けていたはずである。また、オリンピックに合わせて国内の感染対策が強化された面もある。オリンピックの前後に全く未知の変異株に感染する人が急に増えて、ゲノム解析の結果、オリンピック関係で陽性判明した誰かのそれと同じ型のものと確認されたというのでない限り、オリンピックと感染拡大の因果関係は証明できない。

 政府が自らの業績を際立たせるために、オリンピックとこの期間中の感染拡大は関係ないと言い切るのを、御都合主義だと批判するのであれば妥当だが、「政府がご都合主義のコメントをする⇀本当は、オリンピックのせいで広がったと分かっているからだ⇀やはりオリンピックが感染爆発の原因」、と言うのは邪推である。

 因果関係は実証できないが、感染を拡大させそうな人が大勢集まる行為は危険なので全て中止すべきだとか、完全なロックダウンを実施すべきだとか主張するのであれば一貫性はあるが、相撲や野球、通学・通勤にはさほど噛みついていないのに、原則無観客のオリ・パラにやたらに拘るのはおかしい。相撲や野球より危険だというのであれば、ちゃんと比較すべきだが、ヤフコメやツイッターで「危険だ!中止!中止!」と叫んでいる人たちは、ちゃんとした比較などしていない。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25