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【大阪市教委への250人を超える意見書】現場の声を無視して教育は良くなるか

第91回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-


 現場の声を無視した大本営発表では、時代の変化に適切に対応することはできない。それは教育においても同様だ。小中学校長から挙がった切実な声に対して、教育関係者の賛同者は増えている。それらを軽視した命令にはたしてどれほどの効果があるのか。むしろ、混乱を招いているだけではないだろうか…。


■命令に従えば教育現場は混乱するという現実

 大阪市の公立小学校の現職校長が批判書面を市長宛てに送付したことが話題となったが、その動きは止まらず、波紋は広がっている。8月6日、小学校長に続いて中学校長が市教育長に送った提言書が市の公開文書として公開された。そこには、250人を超える保護者や教育関係者からの意見も添付されている。

 中学校長の提言を理解しやすくするために、先の小学校長の書面について振り返ってみたい。
 発端は、新型コロナウイルス(新型コロナ)の感染拡大を受けて今年4月25日から3回目となる緊急事態宣言の期間に入ったことだった。対象には東京都、兵庫県、京都府とともに、大阪府も含まれた。
 それを前にした19日、大阪市の松井一郎市長は記者会見で、非常事態宣言が発出された場合に市立小中学校は休校とせず、原則としてオンライン授業を実施する考えを示した。これに驚いた市教育委員会(市教委)は慌てて協議に入り、政府が緊急事態宣言発出を決める前日の22日になって、午前中は自宅でのオンライン授業などを経てから登校し、午後は帰宅してプリント学習するなど「独自」の方針をとることを各学校に通知した。松井市長の意向に従ったわけだ。

 混乱したのは学校現場だった。文科省の「GIGAスクール構想」による「1人1台ICT端末」が前倒しされ、児童生徒の手元に端末は届いていたものの、それを使いこなしてオンライン授業ができるまでには体制が整っているわけではなかった。
 それは市教委も承知していたことでもあり、そこで地域ごとにオンラインを利用できる日時を割り振ってきた。それは各学校では1週間に1度、それも1時間感程度のものでしかなく、とてもオンライン授業ができるようなものではなかった。「原則オンライン授業」という松井市長の発言を無理やり「実現」に見せるために、学校現場は混乱も混乱、大混乱してしまうことになる。

 そうした混乱を招いたことを批判する書面を「提言」として松井市長宛てに送付したのが、大阪市立木川南小学校の久保敬校長だった。その提言には、「場当たり的な計画で学校現場は混乱を極め、児童、生徒や保護者に大きな負担がかかっている。子どもの安全・安心も学ぶ権利も保障されない」と述べられていた。

 久保校長が批判したのは、状況を把握していないままに「場当たり的な計画」を押し付けたことだけではなかった。その冒頭で「学校は、グローバル経済を支える人材という『商品』を作り出す工場と化している」として、過度な競争を教育でも強いる松井市長の姿勢そのものを批判している。
 そして、「子どもたちは、テストの点によって選別される『競争』に晒(さら)される。そして、教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何のためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある」と続けている。オンライン授業の一方的な押しつけも、そうした松井市長の姿勢の一端でしかない。

 久保校長の提言に対して松井市長は、「疲弊してやりがいが見つけられないんやったら、違う仕事を見つけたらいい」といった発言で応じた。提言に耳を貸すどころか、あからさまに上から押さえつける発言である。松井市長の発言には、大阪市民や教育関係者からは、疑問や怒りが沸き起こった。一方的に久保校長を処分しかねない松井市長の姿勢に、「久保校長を守れ」との声も高まっていく

 

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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