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【大阪市教委への250人を超える意見書】現場の声を無視して教育は良くなるか

第91回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

■まずは現場の声に耳を傾けることが必要

 そうした状況を背景にして出てきたのが、久保校長の提言に続く、「第2の提言」ともいえる中学校長の教育長に宛てた提言書だったわけだ。
 その提言書を提出したのは大阪市立港中学校の名田正廣校長である。その「大阪市教育への提言」は、7月7日付けで山本晋次教育長に提出されている。

 名田校長は、大阪市教育採用試験出願者が減り、教員のなり手も減少し、非常勤講師などは年間を通じて欠員になっている学校もあると大阪市の現状が書き連ねている。その原因となっているのが松井市長の姿勢であり、それを批判して「教育の本質」を訴えたのが先の久保校長の提言であるとして、「たいへん共感できる内容だと思いました」と書く。名田校長の提言書は、次のように続く。

「全国的にも見られない新自由主義的教育施策を段階的にではなく急激に導入されて、大阪市はいまハレーションを起こしています。ある小学校教員から『学力向上の数値目標を求められ、仲間づくりなどの取り組みにかける時間的な余裕がない。教育の目的は人間形成であるはず』と苦しみの相談が私のところに来ています」

 こうした状況を改善するために名田校長は、「教育の独立性担保」を提言する。「我々の命令権者は教育長であるにも関わらず、コロナ対応においては手順を踏まずに市長が直接教育にも介入をしているように現場には映ります」として、「教育カリキュラムに介入するのは明らかに法令違反ではないのでしょうか」と異議を唱えている。
 教育に市長が不必要に介入すべきではない、と言っているのだ。

 続いて「教育の意見表明の担保」を名田校長は求める。「現在の教育施策についての意見は教育の改善にとっては生命線である」にも関わらず、「市教委はそれらの意見を広く聞き入れる姿勢が感じられません」と批判している。さらに、「意見が採用されるか否か以前に『何も言うな』『黙って命令を聞け』で果たして教育は良くなるのでしょうか?」と、苦言を呈する
 そして、「私は現在の大阪市の教育を活性化するために『提言しやすいシステムの構築』を提案します」と述べる。

 名田校長の提言書には、「大阪市教育への255人の意見書」が添付されている。久保校長の動きに同調して、名田校長が呼びかけて保護者や教育関係者から寄せられた意見書である。
 そこには久保校長を処分しないように訴えるとともに、大阪市の教育の現状を憂い、久保校長や名田校長と同様に改善を求める意見が溢れている。そこから、大阪市の教育現状が見えてくる。

 この提言書を提出するにあたって名田校長は、255人の意見書とともに公開文書にすることを求めている。1人でも多くの人の目に触れることを願ってのことだ。はたして大阪市が公開文書にするのかどうか、疑問視する声もあった。久保校長の提言のときの松井市長の反応を見れば、そういう心配があるのも当然だった。
 しかし8月6日、大阪市は名田校長の提言書と添付された255人の意見書を公開文書とした。大阪市が現場の意見に耳を傾ける姿勢を見せた、と受け取ってもいいのかもしれない。
 問題は、こうした意見を聞いて、大阪市がどういう具体的な対応をとっていくかである。それは今後、注目していかなければならなない。

 これは大阪市だけの問題ではない。久保校長や名田校長、そして255人の意見は日本の教育そのものに向けられているといっていい内容である。
 その意味では日本中の保護者や教育関係者が耳を傾け、考え、これをきっかけにして自らの意見も発信していく必要があるのではないだろうか。それに、日本政府がどう応えていくのだろうか。

 

 

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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