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伊賀から伊勢へ②伊賀上野城(弐)

季節と時節でつづる戦国おりおり第384回

 さてこの伊賀上野城。藤堂高虎が城主となる以前は、筒井定次が城主でした。定次の養父・筒井順慶は大和国の武将として有名ですが、豊臣秀吉が大和郡山に弟・秀長を入れるにあたって郡山城主の定次をこの地に移したのです。

 旧来のしがらみを切り捨て、大和国に豊臣政権の支配力を及ぼすためには筒井氏が邪魔だったのでしょうが、それを恨みに思ったのか、定次は関ヶ原の戦いで徳川家康に味方しました。

 ところが。筒井騒動というお家騒動が起こると、家康はこれ幸いと定次をとがめて改易処分とし、のち自害に追い込んでしまいました。その筒井定次が城主だった当時の天守跡も、この城には残っているのです。それがこちら。

 現在の天守の東側、城代屋敷の跡から一段あがった小高い場所に、それはあります。つわものどもが夢のあと、といった風情ですね。

 さらに、表門の跡あたりにもこんな石垣が。

 これも筒井氏時代のものだということです。

 大坂を守る筒井上野城、大坂を攻める藤堂上野城。ふたつの顔を持った上野城の痕跡が、こうやって今も楽しめるというのは有り難いものですね。

 ところで、藤堂上野城はその白い壁から「白鳳城」とも呼ばれたといいますが、白漆喰の壁を持つ城は徳川系城郭の特徴。豊臣系城郭が黒漆喰で塗り固められていたのとは対照的です。築城名人として知られた高虎は、この真っ白な天守を西に寄せて築くことで、大坂方面に「新しい時代が来たのだ」と告げてもいたのでしょう。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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