■金儲けに関してはものすごく緻密だった

「藤田というのは金儲けに関しては物凄く緻密で、慎重でしたね。金儲けの達人でした。一方では、自分がどのくらいお金を持っているかということは絶対に話さなかったですね。話しても損することはあっても、得することは絶対になかったからです。藤田はマクドナルドの店回りをやる時、妻の悦子さんに車を運転させていましたが、あれは免許証を持っていないからではなく、自分で運転して相手の車にぶつけてキズをつくれば、莫大な費用を請求されるのが目に見えているので、嫌だったんです。『俺は自分では絶対運転しない』と言っていました」

 松本がこう締めくくる。

「実は藤田はちひろが肝臓がんで1974年8月、55歳の若さで亡くなった時、ちひろ美術館を建てるのに使って欲しいと、莫大な資金提供を申し出たんです。けれども、藤田から桁外れの巨額なお金をもらうっていうのは、私の人生からすると、ちょっとあまりパッとしないなと思い、それで丁重に断ったんです。藤田田という男は、そういう男なんです」

 筆者は藤田田というのは「学校頭」というよりは、先天的な才能である「地頭の良さ」を持った男だと思っている。生まれつきの能力である「地頭の良さ」に加え、英語を母国語とするネイティブと対等に渡り合う英会話力を、「経験」と「勘」と「度胸」によって身に付けて来た。しかも、『ユダヤの商法』というユダヤ民族に5000年続く、「金儲けの哲学」をマスターして来たのだ。

 不世出の起業家・藤田田とは「藤田田の前に藤田田なく、藤田田の後に藤田田なし」というべきであろうか。

松本善明(まつもと ぜんめい) 
弁護士、日本共産党名誉役員、公益財団法人いわさきちひろ記念事業団評議員。右手に持つ『窓ぎわのトットちゃん』のイラストを描いた絵本作家・いわさきちひろの夫でもある。

〈略歴〉1926年(大正15年)5月17日、専門出版社・大同書院の長男として大阪府に生まれる。93歳。旧制北野中学校(現:大阪府立北野高等学校)、海軍兵学校(75期)を経て、1946年(昭和21年)4月、東大法学部入学。48年日本共産党入党、49年東大法学部卒業、日本共産党国会議員団に勤務。50年画家のいわさきちひろと結婚。51年4月長男猛誕生。51年11月司法試験に合格。54年弁護士活動開始、松川事件・メーデー事件の弁護団に加わる。62年松本善明法律事務所設立。63年総選挙で東京4区から初立候補し落選。67年総選挙で東京4区から初当選、以後03年10月に衆議院議員を引退するまで、11期33年間の国会議員生活を送った。著書に『軍国少年がなぜコミュニストになったのか わが戦前・戦後史』(かもがわ出版、2014年)など多数。 

松本氏へのインタビュー詳録は〈note〉で近日中に公開する。