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旧警戒区域に作られた書店。店主・柳美里の無謀な挑戦

文芸評論家・榎本正樹氏が見た柳美里

出版不況といわれる昨今、作家・柳美里さんの活動が話題となっている。今春(4月9日)に福島県南相馬市小高区で書店を開き、2週間後にはミリオンセラーであり絶版となっていた「命四部作」を『柳美里 自選作品集1』として復刊した。その原動力とは――? 文芸評論家の榎本正樹氏に稿を寄せていただいた。

■「決断の人」柳美里

 柳美里さんと初めてお会いしたのは、今から二十年以上も前、『家族シネマ』(講談社、97・2)で芥川賞を受賞したその年のことだった。『タイル』(文藝春秋、97・11)刊行のタイミングで「ダ・ヴィンチ」誌から依頼を受け、著者インタビューに臨んだ。渋谷東武ホテルの一室であったことを覚えている。当時二十代だった柳さんには、新進気鋭の小説家のイメージに加え、独特のオーラーを発した女流作家の雰囲気があった。それ以来、新作が刊行されるタイミングでお会いする関係になった。

 インタビュー記事を構成する仕事の他にも、サイン会会場で落款を押す係を担当させていただいたり、柳さんの読者がネット上に立ち上げた掲示板の主要メンバーと交流したり、仕事というより個人的なお付き合いを通して交流を深める中で、2004年には柳さんのオフィシャルサイト「La Valse de Miri」(http://yu-miri.com)の開設に際し、ウェブマスターとして携わることになった。以後、ネットによる情報発信や企画に関して、柳さんには様々なアドバイスや提案を行っている。

 震災ののち、柳さんは福島の土地と人に深く関わりあうことになる。特に2012年2月から臨時災害放送局・南相馬ひばりFMのワンコーナーとして始まった『柳美里のふたりとひとり』は、転機となる仕事になったように思う。番組制作に協力するために、鎌倉の自宅から南相馬まで、毎週のようにボランティアで通い続けた。いずれそのような時が来ることを予感していたが、2015年4月に柳さん一家は南相馬の原町区へ転居する。大切な知らせは事前連絡なく突然もたらされる。2017年7月に原町区から小高区に引っ越しをした際にも、事後報告のようなメールが突然来た。

 長い付きあいから言えることだが、柳さんは「決断の人」である。決断のプロセスに他者を介在させない。周辺の者に情報がもたらされる時には、その事案はすでに決定済み事項として柳さんの中で固まっている。

 同時に、柳さんには自分の決断に他者を巻き込んでいく才能がある。そしてアイデアマンでもある。ミーティングをしている最中に、たくさんのアイデアや興味深いプランが彼女の口から次から次へと出てくる。時にそれが実行不可能と思われる企画であっても、柳さんの魅力が人を集め、組織化し、後から考えてどうしてあのようなことが実現できたのか振り返らずにはいられないようなプロジェクトが、いつの間にか完遂されている。そういうことがしばしばある。

「フルハウス」の店内。その意味とは……?

 そのような柳さんの不思議な力を、私は密かに「柳美里マジック」と名づけている。今春、新たな柳美里マジックが実現した。小高の駅前通りにある柳さんの自宅を改装した本屋フルハウスの開店と、『柳美里 自選作品集』(全6巻、KKベストセラーズ、2018・4〜)の刊行である。

 カフェを併設した本屋を地元福島で経営したいという話を柳さんから直接聞いたのは、一昨年の秋頃だったと記憶する。その後、東京・下北沢にある本屋B&Bのイベントに出演する機会があり、その時に知り合ったコーディネーターの方に、出版間もない柳さんのエッセイ『人生にはやらなくていいことがある』(ベスト新書、16・12)刊行記念のイベントができないか相談したところ、快諾を得た。私が刊行記念イベントを実現したかった個人的な理由の一つに、柳さん自身にB&Bを見てもらいたかった事情がある。B&Bはその名の通り、BookとBeerを同時に楽しむことができるブックカフェのモデルといえるような店だ。ここではほぼ毎日イベントが開催されている。下北沢を代表する文化拠点たるB&Bのイベントに出演することで、柳さんに多くの情報がもたらされるのではないか。そういう思いがあった。
なぜ選集を、書店を作ったのか? 柳美里さんトークイベント@東京

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榎本 正樹

えのもと まさき

文芸評論家

1962年3月18日生まれ、千葉県出身。文芸評論家。青山学院女子短期大学、法政大学、日本大学、東放学園専門学校非常勤講師。柳美里公式サイト「La Valse de Miri」ウェブマスター。主な著作に『Herstories 彼女たちの物語―21世紀女性作家10人インタビュー』(集英社)『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。全話完全解読』(双葉社)などがある。


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