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「なぜかくも日本人は小粒になったのか?」最大の理由。【福田和也】

福田和也「乱世を生きる眼」

乃木希典

 

■乃木希典が名将だったのか否か、という問題について

 

 乃木希典という軍人は、戦前は尊敬されていましたが、今は大変、評判が悪い。司馬遼太郎さんが『坂の上の雲』などの著作で辛辣に扱ったことが、影響を与えているのでしょうが、私はもっと大きな要因があると睨んでいます。

 日本が戦争をしない国になったからではないか、と。

 乃木が名将だったのか否か、という事は、戦前から議論されていました。

 けれども、戦後と違うのは、戦争は下手だったと見る論者も、その人格はきわめて尊敬していたという事です。

 現在の論理からすると、戦争指導が下手=凡将、尊敬できないという事になりますが、これは戦争という事象をリアリティをもって捉らえてはいないからでしょう。

 ひしひしとした肌触りで戦争を感じていた時代には、そういう発想はありませんでした。

 『中央公論』の明治四十四年八月号で、当時を代表する言論人三宅雪嶺は、日露戦争を振り返り、「敵の要害はペトンで固むるとか、鉄条網を張つて電気を通じあるとか、機関砲を備へ居るとか、今更の様に言はれたが、元と要塞として当然の事である、それ位の備はきまりきつて居る、一気呵成で乗り取らうとすれば多くの人を失ふのは知れ切つて居る」と乃木の旅順攻略を難じ、「敵の要塞の下に死んだものは誠に災難であつた」としながらも、「戦略に於て大将に優つたものは他に在らう、が司令官として人格の必要な事は、大将が後の人に之を示して居る、人格と技倆と往々相伴はぬ」「多数の兵を失ひ、計画に仕直しをし乍ながら、何人も攻囲軍の無謀を責めず、陸軍に於ける第一の功を以て之に擬するのは実に乃木大将の人格の然らしむ所」としている。

 三宅は、乃木の戦術上の失敗を指摘したうえで、にもかかわらずその人格をもって、「陸軍に於ける第一の功」は、乃木にあるとしているのです。

 このような判断は、現在とはかなり異なるものです。

 今日であれば、能力を第一とし、人格、風格などはどうでもいい、というのが常識ですが、当時は違った。

 なぜ違ったかと云えば、命の重みが違ったからです。

 今と違って、あの頃は命に重みがあった。

 こう云うと、違和感を覚えるかもしれませんが、「命」は何より大事だ、と誰もが思い、メディアが競うように宣伝している今ほど、命が軽い時代はないでしょう。「命」というのが、観念になり、流行語になり、宣伝文句になっている。

 明治時代、命は貴重なものでした。人ひとりが、生き延びること、成長して一人前になる事自体がおおごとだった。

 そんな時代、所帯を背負う成年男子を、戦争に駆り出すことが、どれほどの大事だったか。

 世帯主が、成年に達した長男が、戦死すればたちまち、その家は飢えるのです。

 にもかかわらず、明治日本は、壮丁を戦場に送らなければならなかった。

 だからこそ、司令官の人格が大事だったのです。

 

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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