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堺の墓④行長供養塔の前歴

季節と時節でつづる戦国おりおり第426回

 さて、この小西行長供養塔ですが、前述のごとく、元々は堺区内にあったものを移転して来たわけで、じゃあ元の場所はどうなってるんだ、という話になるわけです。何事もケアは大事。で、こちらも行って参りました。南海本線七道駅からですと、西へ徒歩15分くらいでしょうか、大和川南側の道路沿い、松屋町(まつやちょう)に供養塔があった外山公園(とやまこうえん)はあり…ませんでした。なんと、宅地造成ということでフェンスに囲まれ、盛り土作業の最中だったのです。

  

 もちろん、碑も見当たりません。戻ってから堺市に問い合わせてみると、現在供養塔跡碑は造成主のURが保管しており、工事完了して宅地と新たな公園ができあがった暁にふたたび設置されるとの事。ただし竣工時期は未定(新型コロナの影響などで工期に遅れが出ているのでしょう)ですが、その折りにはもう一度訪問して写真を撮ってこようと思います。なにしろ、昔の写真は印画紙でどこにいったか分からないものですから(笑)。

  

堺区宿屋町の行長屋敷跡碑

  

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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