【海と馬の車窓に癒されたJR日高本線の旅の思い出 前編】 | BEST T!MESコラム

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海と馬の車窓に癒されたJR日高本線の旅の思い出 前編

運休区間を行く

2015年と2016年の度重なる災害によりJR日高本線の鵡川~様似間は不通になったまま年月が推移している。利用者が年々減少の一途をたどっていた赤字路線だけにJR北海道は復旧を断念。廃止を提案するものの沿線の自治体との協議も難航している。もっとも、運行再開の見込みは絶望的で、先行きは極めて厳しい。そんな日高本線の旅の思い出を綴ってみた。

苫小牧駅で発車を待つ様似行き列車
日高本線のロゴ

日高本線の乗車をメインに北海道の日高エリアを、妻とともに4日間かけて旅したのは2008年8月下旬のことだった。新千歳空港から列車を乗り継いで苫小牧駅へ向かい、この駅始発の様似行きディーゼルカーに乗ったのだ。車両は、全国のJRのローカル線でおなじみのキハ40形だが、日高本線オリジナルの塗装で異彩を放っていた。すなわち、白地に窓回りと運転台付近が青く塗られ、窓下にピンクの細いストライプを配してアクセントとなっていた。さらに、馬と山と海を図案化したロゴが日高本線のシンボルマークとして描かれ、運転台下のロゴには「優駿浪漫」と記されて路線の個性を際立たせるものだった。

車内はセミクロスシートで他線のキハ40形と同じだ。苫小牧駅を発車すると、かなり長い間室蘭本線に並走し、やっとのことで別れたのちも延々と進み、10分あまり経って最初の駅勇払に停まる。曇天のせいかもしれないけれど、荒涼とした原野の中を哀愁を漂わせながら、とぼとぼと進む。次の浜厚真までも10分かかり、4つめの鵡川駅まで30分かかって到着した。北海道らしいスケールの大きさだ。シシャモで有名な鵡川駅で降りる人は多い。2両編成だった列車の後ろ1両が切り離され、ここから先は1両のみの運転だ。上り列車と行き違い、出発。ここから先は、現在、長期運休となっている区間である。

やがて海岸に出て、列車は海を見ながら進む。牧場も見えてきて、馬がのどかに草を食んでいる。日高本線らしい車窓になってきた。日高門別の駅前広場には時計台があり、その天辺には風見鶏ならぬ風見「馬」の姿が目に留まる。思わず顔がほころぶ日高らしい情景だ。

鵡川駅_対向列車と駅舎
日高門別駅前の風見「馬」

川を渡るときは、少しだけ内陸に入り、渡り終わると海岸に出るようにくねくね曲がりながらのんびりと駒を進める。馬牧場の脇を過ぎ、海岸すれすれのところを走る。左側は崖が迫り、海岸段丘の下を進む。何もない海岸に小さな大狩部という駅がある。絵になりそうなロケーションで、テレビドラマのロケ地になったとか。

節婦駅を過ぎると、左の崖にサラブレッドの壁画が見えてくる。「にいかっぷ」の文字が目に入る。馬の産地に到着を知らせるサインのようだ。まもなく、判官館という海にそそり立つ恐ろしげな岩壁の岬を海岸線に忠実にぐるっと周る。海の中に落ちないようにおそるおそる歩みを進めている感じだ。トンネルで難所を抜け、鉄橋を渡ると新冠駅に到着。地元の人が何人も降りていく。馬牧場に用がある人かもしれない。

大狩部駅
にいかっぷの壁画
判官館を過ぎて新冠駅へ_後方展望

 

次の静内駅では27分停車。座り疲れたので、気分転換に列車から降りる。駅前の様子を見に行き、トイレも済ませ、売店を冷やかしてみたけれど、欲しいものはなかった。駅員がいたので入場券を買い求めた。上り列車が到着して、その車両との並びを撮っているうちに発車時間が来たので車内へ戻る。すると、高校生が大勢乗っていた。北海道の夏休みは短く、8月の後半にもなると授業が始まるようだ。

静内を発車すると日高本線の旅の後半が始まる。しばらく海沿いに進んだ後、列車は内陸部へ入り込んで、山間部を走行する。線路際の斜面には黄色い花が咲き乱れ、見た目は美しいのだが、オオハンゴンソウという外来種で生態系に悪影響を及ぼすありがたくないものだ。トンネルが連続し、海沿いを走っていた時とは別の路線のようだ。

高校生は一駅ごとに少しづつ降りていき、上り列車とすれ違った本桐駅あたりでは空席が目立つようになった。荻伏駅あたりからは馬牧場が俄然増えてきて、牧場の真ん中で停車する。周囲に人影はないので、何かあったのかと思って車外をよく見るとホームがある。牧場に囲まれた静かな場所にたたずむ絵笛駅だった。

静内駅で列車交換
絵笛駅付近の車窓
日高幌別を発車する列車を見送る

久しぶりに市街地に差し掛かると浦河駅に到着。日高振興局という役所の最寄り駅なので所用で訪れるスーツ姿の人が乗り降りしていた。それなりの駅舎があり、改札口の前に停車したので、大きな駅かと思い反対側を見渡したら何もない。実は、ホーム1面のみで列車の行き違いはできない小さな駅だった。

次の東町あたりでは、久しぶりに海岸沿いに走る。線路際の砂浜には青っぽい網を広げた場所が続いている。日高昆布の干し場だ。もっとも、この日は天気が悪いので作業は中止となり、人の姿はなく閑散としていた。

日高幌別駅に到着。この駅が最寄りの馬牧場に泊まる予定だった。妻とともに列車を見送ると、待っていた宿の送迎車に乗り込む。

 

つづく。

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野田 隆

のだ たかし

1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『にっぽん鉄道100景』『定年からの鉄道旅行のススメ』など。 ホームページ http://homepage3.nifty.com/nodatch/


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