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歩いて、歩いて。千葉は袖ケ浦市で、源頼朝伝説が残る「万騎坂」をたどった

地名で掘り下げる千葉県の歴史 地名でたどる源頼朝伝説⑥

全国6位の人口を抱える千葉県の奥深い歴史。「地名の由来」シリーズでおなじみ谷川彰英氏の最新刊、『千葉 地名の由来を歩く』から源頼朝伝説の地をたどる。

(6)「万騎坂」 袖ヶ浦市

 さて、数字にこだわる最後の挑戦が「万騎坂」である。袖ヶ浦市の東北部で、山を越えると市原市である。とにかく坂の特定は難しい。東京の坂のように、坂名が標識で書かれているわけではない。まずとりあえずは「御所覧塚」(ごしょらんづか)を探す。やはり手掛かりは笹生氏の著書の中の次の一節のみである。

「街道上くびれたような須軽田坂を上ると、6万坪、御領という広大な平地に出る。ここをまっすぐに延びる鎌倉街道のすぐ脇に御所覧塚と呼ばれる塚がある。頼朝がここで、塚を築かせ、この塚で軍兵を閲兵したといわれている。地形的にも大軍団が駐屯するにふさわしい場所である」

 この塚は地元の人に一回訊いただけですぐ見つかった。思ったよりは小さな塚だった。細い標識に「御所覧塚は、治承4年(1180)に源頼朝が、平家打倒のため上総国を通過した際にこの塚を築かせ、塚上で武士達を閲兵したとの言い伝えがあります」と書かれている。いかにもありそうな話ではある。

 さて、問題はこの近くにある「万騎坂」をいかに探し当てるかである。手掛かりはやはり笹生氏の「御所覧塚の手前には、栢橋方面から川原井を通り、この鎌倉街道に合流する道がある。それが万騎坂で、頼朝軍が一万騎ほどで越えたと伝えられる坂である」というくだりだけである。

 通りかかった地元の人に訊いてみてもよくわからないという。地図を見ながら、おそらくこの道では? と思った道に行ってみた。御所覧塚から200メートルほど離れた場所にあり、鎌倉街道と確かに交差している。行ってみると、道標もあり、それらしき風情の古道が走っている。間違いないと確信した。これがおそらく「万騎坂」なのだろう。

 鎌倉街道に戻って農作業をしている地元の人に訊いてみた。「あそこを通っている道が万騎坂でしょうか?」まだまだ若いともいえる中年の男性は「聞いたことない」という。するとそれを聞いていた古老の方が、「そうだよ、地元では[万坂]と呼んでいるよ」と気持ちよく教えてくれた。これで決まりである。この坂を通って鎌倉街道に出、かの御所覧塚で閲兵したという話である。

▲万騎坂(袖ヶ浦市) 

▲たどってみた、頼朝伝説由来の地名  

『千葉地名の由来を歩く』より構成】

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谷川 彰英

たにかわ あきひで

筑波大名誉教授

1945年長野県生まれ。ノンフィクション作家。東京教育大学(現・筑波大学)、同大学院博士課程修了。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。筑波大学教授、理事・副学長を歴任するも、退職と同時にノンフィクション作家に転身し、第二の人生を歩む。筑波大学名誉教授。日本地名研究所所長。主な作品に、『京都 地名の由来を歩く』シリーズ(ベスト新書)(他に、江戸・東京、奈良、名古屋、信州編)、 『大阪「駅名」の謎』シリーズ(祥伝社黄金文庫)(他に、京都奈良、東京編)『戦国武将はなぜ その「地名」をつけたのか?』 (朝日新書)などがある。



 



 


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  • 谷川 彰英
  • 2016.10.08