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森博嗣 道なき未知「万能の秘訣を教えよう」

人気作家で工学博士・森博嗣が贈る珠玉のエッセィ


BEST TIMESの人気連載だった森博嗣先生の「道なき未知 Uncharted Unknown。不可解な時代を生き抜く智恵や考え方を教えていただきました。同タイトルで書籍化され、多くの読者の心を掴みました。あれからもうすぐ5年。新型コロナ感染の流行、ロシアのウクライナ侵攻、経済格差の広がりやポリコレ騒ぎの数々・・・時代はさらに不確実で不安定で物騒になってきた、といわれています。そんな時だからこそ、森先生のお話を静かに聴いてみたい。そして世の中を落ち着いて観察してみたい。浮き足立つ時代にほんとうに大事な生きる構えとは何かを知るために・・・。あたらしい連載エッセィ「森博嗣 静かに生きて考える -Thinking in Calm Life-」が4月18日より毎週月曜日配信でスタートします!その前に、大好評だった連載「道なき未知」より4本の記事を配信いたします。お楽しみください。


 

万能の秘訣を教えよう

 

■なにもやる気が起きない

 つい怠けてしまう。やらなくてはならないことを目前にして、ついサボってしまう、という人は少なくない。若いときに特に多いかもしれない。そういう状態が病気だと悩む人もいて、どんどん悪化することもある。ただ、まず認識してほしいのは、それは異常ではなく、誰もが持っている「人間の基本的傾向」であって、みんなが普通に陥る状態だということだ。どんなに偉い人でも、そうなるときがあるだろう。総理大臣だってときどき怠けたり、サボったりしているはずだ。そのリカバリィが上手いか下手かという違いがあるだけである。

 この「やる気のない」状態から脱するための道は、けっこう簡単なのだが、多くの人が間違えて、失敗してしまうのは、ひとえに「やる気を出す」ことが唯一の解決だと思い込んでいるせいだと思う。

 沢山の本に「やる気が肝心だ」と書いてあるし、先生も先輩も「やる気がないならやめちまえ」と叱るのである。僕は、必ずしもそれが正しいとは考えていない。

 というのは、やる気を出すことよりも、実際にやることのほうが簡単な場合があるからだ。それなのに、素直な若者は、やる気を出そうと無理をする。たとえば、「仕事を好きになろう」と努力するのも同じだ。でも、仕事を好きにならなくても仕事はできるし、やる気がなくても、やることはできることに気づいてほしい。こんな単純は発想の転換で、事態が解決することがある。そう、やる気なんかどうでもいいから、とにかくやってみてはどうだろうか。

 

■なにをやっても駄目だ

「なにをやっても上手くいかない」と悩んでいる人も多い。そういう人から相談を受けることがある。でも、当人に「たとえば、なにをやったの?」と尋ねると、答えられるものがあまりにも少ない。一つしかやっていなかったり、せいぜい二つか三つなのだ。たったそれだけのことで、「なにをやっても」と言えるのだろうか。そうやって悩んでいることも、やっていることの一つではあるけれど、悩み続ける時間があれば、もっとやれることがあるはずだ。「なにをやっても上手くいかない」ことを証明するために、なんでもやってもらいたいものである。

 説教くさくなるからあまり直接は言わないことにしている。誰だって、他人から言われてやりたくはないだろう。だから、このように抽象的に言葉にして示しておくしかない。そして、またしてもこの言葉は、聞かなければならない人には届かない。ようするに、馬鹿な者は皆を馬鹿にして終わり、賢い者は馬鹿を見て学ぶから、さらに賢くなる。こういう傾向があるから格差ができるというわけか。まあ、人生とは、そんなもの。救いようがない、とはよく言ったもので、本当に自分を救えるのは自分だけである。そして、どんな場合にも、どんな悩みにも、あるいは、誰にでも通用するアドバイスはたった一つだけだ。

 それは、「やれば」である。

 やれば良いのだ。やるだけなのだ。ほかに道はない。今直面していること、やりたくないこと、それをやれば良い。やる気なんか出す必要はない。いやいややれば良い。泣く泣くやれば良い。それだけのこと。やりさえすれば、それであっさり解決し、だんだんやる気も出てくる。

 

■癖のようにする

 ものを作る人は知っていることである。どんなに難しく、どんなに面倒なものであっても、少しずつやれば、必ず完成する。自分一人で家を造る人もいる。自動車を作ってしまった人もいる。音楽も作れるし、絵も描ける。小説だって書ける。誰だって書けるのだ。もし、人によって能力に差があるとしたら、それはスピードの差だ。百メートルを九秒台で走れる人はざらにいない。天才しかできない。しかし、凡人でも数秒長くかければ百メートルくらい到達できる。さらに言えば、その時間をかけようとせず、自分には才能がないから、と走らないのが大多数の凡人である。たまたま走ってみた凡人が成功者となる、というだけのこと。

 僕は今、新しい機関車を作っている。金属をヤスリで削り、ドリルで穴をあけ、組み立てている。一つの部品を作るのに数日かかる。部品は何百とあるから、ざっと計算しても完成するのは数年後のことだ。それまで生きているかどうかも怪しい。それでも毎日やることにしている。今日やらないと明日後悔することになるだろう。ちなみに、少し疲れたら、小説を書く。小説は長編でも二週間くらいで書き上がってしまう。

 どんな成功も、幸運や才能だけで辿り着けるものではない。ただ毎日こつこつと進む一歩によってしか近づけない。

 

庭園内はもう雪景色。氷点下でも外で遊びます。
文:森博嗣

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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