公立小学校の名物教師が旅する「東南アジア学校訪問記」。「どんな状況でも人は慣れる」とは【西岡正樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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公立小学校の名物教師が旅する「東南アジア学校訪問記」。「どんな状況でも人は慣れる」とは【西岡正樹】

西岡正樹の「東南アジア学校訪問」〜ベトナム編


公立小学校教員歴40年の名物教師・西岡正樹氏は、これまで世界中をバイクで旅をしてきた。国はざっと65カ国。2016年には日本全国の僻地の小学校をノーアポでバイク訪問し、そこから見えた日本の教育問題について講演もしてきた。今回は、ベトナム、カンボジア、(タイ)など東南アジアの小学校事情を見聞するためにバイク旅を決行。71歳にしてこの行動力と情熱・・・「旅は動くところに何かが待ってる。それは良くも悪くもね」と語る西岡氏。ベトナムハノイ旧市街地の路地裏で〝異国人となった自分〟に出会った・・・


道路を走るバイクは縦横無尽

 

 

 教え子のSにノイバイ国際空港(ハノイ)まで迎えに来てもらった。空港から宿泊先のマリーゴールドホテルに「Grab」という白タクで向かう。噂に聴くバイク集団は見ごたえ十分。空港を出た瞬間に、タクシーの前後左右にあちこちから現れたバイクは、自在に走って行く。その流れを目で追いながらSと話をしていると、遠くに高層マンション群が見え始めた。遠目にはどこの大都市も代り映えはしない。

 まもなく、3車線の大きな道から逸れ、中心街へ向かい始めると景色は一変した。所謂使い古された4、5階建てのビルがあたりを覆い、煩雑に行き交う人の中をタクシーは走り始めた。「景色が変わったな」と思い始めたその時、唐突にタクシーは停まった。目の前に水道橋のような建造物が見える。

 そして、タクシーの運転手は小さな声で言ったのだ。

 「ここから車は入れない。少し行った右側にホテルはあるから」

  タクシーを降りると、人々の声(言葉として伝わって来ない)、様々な音(ベトナム語は意味が分からないので音でしかない)が一気に耳に飛び込んできた、と同時に雑然とした光景が目に入った。その時、「ホテル選びを失敗したかな」という文字が、頭の中で一字一字テロップのように流れていく。水道橋のように見えた古い建造物は鉄道線路のようだ。高架橋の上に灰色の空とくすんだ色の鉄道車両が見える。

 

お菓子問屋(小売)はなんとカラフル

 

 壁と平行に並ぶ四、五階建ての建物の一階は「店」だ。並んでいる店のどの商品も、きれいに陳列しているとは言い難い。一見何を売っている店なのかさえ判別できない店もある。車1台ようやく通れる道にはビニール袋や紙類などのごみが散乱し、それを片付けようとする人もいない。行き交う人や原動機付きバイクは周りにある何ものも気にせず、気ままに進んでいく。

 その風景の中に身を置くことに、戸惑いさえ感じている自分がいた。「パキスタンもこんな様子だったな。あれはもう十数年前になるのか」その時、教え子Sの声がした。

 「僕もこのあたりには来たことがないので、面白いですね」

 ハノイに駐在している教え子のSは、興味を前面に出しながらあたりを眺めている。それに反し、「本当にこのあたりにホテルなんてあるのか、タクシーの運転手は間違っていないよな」といった言葉には出せない不安が、私の心の中で小さな波のように引いては寄せるのだ。

 「あー、ここですね」

 またSの声がした。Sが見ている方向に目をやると、「←」と共に「MARIGOLD HOTEL」の丸い看板が見える。「←」の示す方には、私の不安をさらに増幅させる「狭い路地」があった。

  「こんな所にホテルが建っているとは」

 日本社会の中で無意識に取り込んでいる「当たり前感」は、年齢に関係なく、こういう体験を通してあっけなく打ち砕かれていく。 

 狭い路地の少し奥まった所にある「マリーゴールドホテル」に宿泊して3日目になるが、居心地がいい。路地の奥まった所にあるホテルだから、外の騒音が聴こえて来ないし、小さなホテルなのだが清潔感に満ちている。3日前に感じた不安は、何だったのだろう。路地の少し奥に建てたのはこういうことだったのか、そう思わざるを得ない。アオザイを着たレセプションの女性は毎朝笑顔で迎えてくれるし、もう一人の男性は眼鏡の奥の目がいつも笑っている。そして、朝食を食べるカフェを切り盛りする若い女性は、常にゲストに気を配り、何気ない一言を心がけているようだ。

「その帽子いいですね」

 なんて声をかけられるとお世辞でも嬉しいし、リラックスできる。

 

旧市街地は所々時間が止まっているようだ

 

次のページホテルの穏やかな空間から路地を一歩出ると、異国人となった自分と出会った

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「西岡正樹   東南アジア学校訪問記」

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西岡正樹

にしおか まさき

小学校教師

1976年立教大学卒、1977年玉川大学通信教育過程修了。1977年より2001年3月まで24年間、茅ヶ崎市内の小学校に教諭として勤務。退職後、2001年から世界バイク旅を始める。現在まで、世界65カ国約16万km走破。また、2022年3月まで国内滞在時、臨時教員として茅ヶ崎市内公立小学校に勤務する。
「旅を終えるといつも感じることは、自分がいかに逞しくないか、ということ。そして、いかに日常が大切か、ということだ。旅は教師としての自分も成長させていることを、実践を通して感じている」。
著書に『世界は僕の教室』(ノベル倶楽部)がある。

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