「死人に口なし」でジャニーズ事務所を豊臣家や大日本帝国、安倍晋三にしてはいけない理由【宝泉薫】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「死人に口なし」でジャニーズ事務所を豊臣家や大日本帝国、安倍晋三にしてはいけない理由【宝泉薫】

 

 実際、北に続いて暴露本を書き、かなりの成功を収めた平本淳也について、その出版社の社長が「ちょっと虚言癖があったりする」と評してもいる。また、北はのちに暴露を後悔したり、再び暴露をにおわせたりしながら、死の前日にはジャニーやメリーに感謝を述べるなど、その言動には一貫性がなかった。

 そして、北や平本、さらには今回の証言者たちの回想がすべて事実だとしたら、ジャニーのプロデュースやマネジメントはどこかで破綻していたのではと思わざるを得ない。質的にも量的にも、バレないはずはないし、警察沙汰にならなかったのが不自然なほどなのだ。

 個人的な印象としても、ジャニーの性癖はもうちょっとプラトニックなもので、その傾向は加齢とともに強まっていったのではという気がする。たとえば、ジャニーが元気で可愛い少年を好んだように、薄倖で可憐な少女を愛した川端康成もそうだった。ウラジミール・ナボコフの「ロリータ」が話題になった際、川端は「あれは汚いから嫌だ」と感想を語ったが、それに似た感覚をジャニーも持っていたのではないか。

 ではなぜ、今回のようなことになったかといえば「光GENJIへ」の影響がおそらく大きい。あの本がよく出来すぎていたため、それを下敷きにしたかのような証言が虚も実もないまぜに拡大再生産され、その勢いに事務所が圧倒されてしまったのではと。人間の精神とは脆いもので、大勢から集中的に糾弾されれば、まともな判断もできなくなる。まして、証言者たちは芸能活動については負け組で、その感情は恨みや嫉みといったネガティブなものにあふれているのだから。

 冒頭で関ヶ原の戦いに触れたが、あそこで家康が勝てたのは、石田三成に対する福島正則らの恨みや嫉みをうまく利用できたからだった。最大の決め手というべき寝返りをした小早川秀秋にしても、一度は豊臣家の後継者候補と目されながら、秀頼の誕生で他家に養子に出された存在であり、その感情は複雑だ。

 そういえば、11月に放送された「英雄たちの選択」(NHKBSプレミアム)で、秀秋が取り上げられていた。彼の寝返りのおかげでなんとか天下を得ることができた、というイメージを嫌った徳川家が、関ヶ原から2年後に夭折してくれたのをよいことに、その人格を惰弱で卑怯な印象に改変していった可能性を指摘するなど、秀秋の再評価を試みるという趣向だ。

 その最後に、歴史家の磯田道史が興味深い話をしていた。歴史を考える場合「勝者、敗者、滅亡者」の三つの視点があるとして「歴史は勝者が作る」というのは必ずしも正確ではないと指摘したのだ。

「たしかに、最初は勝者が作って威張るんですよ。そのあと、敗者は必死で勝者が作った歴史を改竄して自分たちの正当化を始める。敗れても生き残っていれば、歴史改竄をもう一回始めるんですよ。いちばん困るのは滅亡者。滅亡者は歴史を語る口がない。死人に口なしにされるんです。滅亡者の歴史を見るときは、我々はよぉく気をつけて見ないといけないっていうことなんですね」

 ジャニーズ騒動は今、敗者が歴史を改竄しようとしている状況なのだろう。ジャニーやメリーはすでに「死人に口なし」とされている。このままジャニーズが滅亡者になってしまうと、事実上の「冤罪」が正当化されかねない。

 それに近い現象は歴史上、けっして珍しくないのだ。大日本帝国は戦後の自虐史観により、その方向性自体が悪として語られがちで、それこそ、特攻で死んだ若者を「犬死に」だと軽んじる人までいる。安倍晋三についても、暗殺されて当然だったという人まで出て来て、死体蹴りが盛んに行われた。

 その点、ジャニーズはまだ滅ぼされてはいない。が、歴史改竄はすでに始まっていて、ジャニーもタレントたちも、その名誉やイメージがズタズタにされつつある。完全に滅んでしまうと、ジャニーズそのものまで「死人に口なし」になるのだ。そうならないためにも、滅ぼさせてはいけない。

 

文:宝泉薫(作家、芸能評論家)

 

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宝泉 薫

ほうせん かおる

1964年生まれ。主にテレビ・音楽、ダイエット・メンタルヘルスについて執筆。1995年に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版する。2016年には『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ)が話題に。近刊に『あのアイドルがなぜヌードに』(文春ムック)『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、最新刊に『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)がある。ツイッターは、@fuji507で更新中。 


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