鬼に金棒、意見に理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第7回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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鬼に金棒、意見に理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第7回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第7回

 

【意見の対立の典型的パターン】

 

 どこかの並木を開発のために伐採することになり、これに対して反対運動をする。反対する側は、「市民の憩いの場だった。緑がなくなるのは自然破壊だ」という。一方、推進したい側は、「これまで以上の本数の樹を植えます。緑は増えます」と答える。よくあるパターンだが、これは双方で、時間のスパンに相違がある。反対派は「今」樹がなくなることを問題視し、推進派は「将来」樹が増えることをイメージしている。反対派はあと数十年しか生きられない老人で、推進派は将来を重視する若者かもしれない。えてして、このような「時間」の捉え方に食い違いがある。

 また、もっとよくあるパターンとして、次のようなものが挙げられる。

 まず、批判する側が、「これこれこのような疑惑が持ち上がっている」と指摘すると、批判された側は、「調査をしたところ、そのような疑惑は確認されなかった」と応じる。すると、批判側は、「疑惑を否定した」「疑問に答えていない」と反発する。

 この場合、「疑惑は確認できなかった」と疑問に答えているのだから、疑惑を否定しているわけではないし、また答えていないわけでもない。次に、批判側がしなければならないのは、疑惑の証拠を示すことである。だが、これがなされていない場合が多すぎる。

 もう少し一般化すると、批判側が「このような問題があるがいかがか?」と疑問を投げかけると、批判された側は、「このように対処している」と答える。すると、批判側が、「そんな解決法は信じられない」と反発する。このケースが非常に多い。

 この場合も、信じるか信じないかは個人的な感覚であるので、それで相手を牽制することはできない。信じられないのなら、何故信じられないのかという理由を、できれば証拠を示して述べるべきである。

 多くの場合、なにかの意見に反対する側も、あるいは賛成する側も、自分の感覚的な判断を主張しているだけなので、その時点で議論が止まってしまう。議論が止まると、対立がそのまま持続するだけで、解決には至らない。

 また、「このような危険が考えられる」と反対し、「その危険を最小限にする努力をする」と答える、といったパターンも多い。もう少し表現を赤裸々にすると、「絶対にこうだと考える」と「そうは考えられない」の対立である。両者ともに、考えるか考えないかの違いにすぎない。何故そう考えるのか、という理由がまったく示されない点に問題がある。一方は「警告したのに回答がない」と怒り、他方は「警告には応じている」と憤る。

 問題は、このような対立を「議論」や「意見交換」だと認識していることだ。両者が歩み寄らず、睨み合っている状態では、解決を導く要素がない。

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〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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