「学びとは何か?」ドキュメンタリー映画『世界のはしっこ、ちいさな教室』を観て考えた 教育の本質と日本の子どもたち【西岡正樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「学びとは何か?」ドキュメンタリー映画『世界のはしっこ、ちいさな教室』を観て考えた 教育の本質と日本の子どもたち【西岡正樹】

  

◾️ブルキナファソの識字率は41%。2.5人に1人は字が読めない

 

 ブルキナファソの識字率は41%である。2.5人に1人は字が読めない。世界の識字率の平均が85%を越えていることを考えると深刻な状況である。サンドリーヌ先生が赴任した小学校1年生の教室には、公用語であるフランス語を話せる子どもは1人しかいなかった。5つの言語が飛び交う教室には、50人の子どもたちが片寄せ合っている。日本の教師なら途方に暮れるだろう。

 50人の子どもたちがフランス語を話せる、読める、書けるようにするために、また、生活に必要な学力をつけるために、たった一人で苦闘するサンドリーヌ先生は、悩み苦しみながら1年を過ごした。自分にできることは何でもする。その思いを持ち続け、行動してきたサンドリーヌ先生は、大きく成長した子どもたちを前にし、1年間を振り返り、これが自分の天職だと自覚するのだ。

 そして、サンドリーヌ先生は、未来に続くやりがいを自覚しながら、さらなる5年間を見つめる(サンドリーヌ先生はこのクラスを6年間受け持つことになっている)。サンドリーヌ先生のパワーは、すべて子どもたちの成長のために向けられ使われる。「子どもたちを前にしたらどんな困難も重圧も忘れる」という言葉から、サンドリーヌ先生の子どもたちへの大きな愛を感じ取ることができた。

 

 アムール州に住むエブェンキ族はアムール州全人口の0.2%しかいない。エブェンキ族の人たちは、広大なタイガで遊牧生活を営んでいる。ブァシレブァ先生は、そんな同胞の子どもたちのために移動式の遊牧民学校を開き、ロシア語の他に、エブェンキの伝統や言語、そして、エブァンキ族のアイデンティティを伝えている。

 自分の子ども時代を振り返り、ブァシレブァ先生の心の中には、父母と共にエブァンキ族として生活しなかったという後悔があるのだ。そして、その後悔がブァシレブァ先生を突き動かしている。子どもたちに成長の兆しが見えるまで繰り返し根気よく子どもたちに関わり続けるブァシレブァ先生には、「決してエブァンキ族の伝統文化、言語を絶やしてはいけない」という自分に課した使命があるのだ。

 また、「教育には我慢と忍耐が必要です。エブァンキ族の子どもたちが自信を持てるように導くのです」と自分に言い聞かせるブァシレブァ先生は、エブェンキ族の未来は、自信を持った子どもたちが引き継いでいってくれると、信じている。

 

 バングラディシュの北部スナムガンジ地方は毎年のモンスーンにより土地の半分が水没する。そのため、ボートスクールは、この地方にはなくてはならないものだ。ボートスクールの教師であるアクテル先生もこの地方の出身で、自らも洪水で家を失った経験を持つ。また、アクテル先生は、家族の中では唯一の自立した女性であり、自身だけではなく、より多くの女性が自立する社会を目指している。

 ある日、中学校への進学を目指している女生徒の親が、女生徒の姉の婚約者が家に来るから早退させてほしい、と迎えに来た。アクテル先生はそれを断固拒否し、「早退すると学びが遅れてしまうので、授業が終わるまで待ってほしい」と母親を説得した。その言葉には力があった。しかし、母親は「帰してほしい」という言葉を繰り返すばかり、それでもアクテル先生は一歩も引かない。とうとう、母親はアクテル先生のその強い信念に翻意したのだ。若くして強い信念を持つアクテル先生は言う。

 「学ぶことでどんな困難にも立ち向かい、自ら選んだ道を歩けるように子どもたちを導く」

 アクテル先生自身が、自らの学びを通し自らの未来を信じられるようになったから言える言葉なのだ。 

 

 経済的に豊かになると、世の中に物が溢れ、便利が普通になり、楽しみも増える。すると、必然的に人々の生活は変わり、人々が求めるものも変わる。当然のことながら、社会が学校に求めるものも変わってくる。それは日本の戦後教育史を見れば一目瞭然だ。

 この映画にあったように、経済的に豊かではない、ブルキナファソ(アフリカ)、シベリア(ロシア)、バングラディシュ(アジア)の子どもたちは、自分たちの伝統文化を守り、生活を築き、そして自らの力で道を選び進んで行ける力をつけるために学校に来ている。子どもたちが学んでいる姿やその様子から分かるのだが、子どもたちは「学ぶことが今の自分たちには必要なのだ」と理解しているのだ。

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西岡正樹

にしおか まさき

小学校教師

1976年立教大学卒、1977年玉川大学通信教育過程修了。1977年より2001年3月まで24年間、茅ヶ崎市内の小学校に教諭として勤務。退職後、2001年から世界バイク旅を始める。現在まで、世界65カ国約16万km走破。また、2022年3月まで国内滞在時、臨時教員として茅ヶ崎市内公立小学校に勤務する。
「旅を終えるといつも感じることは、自分がいかに逞しくないか、ということ。そして、いかに日常が大切か、ということだ。旅は教師としての自分も成長させていることを、実践を通して感じている」。
著書に『世界は僕の教室』(ノベル倶楽部)がある。

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