救急車に2回乗せられた【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第6回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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救急車に2回乗せられた【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第6回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第6回

 

【ミステリィに向かない科学技術】

 

 点滴には関係ないが、「刑事コロンボ」で、サブリミナル効果(わからない人は検索)を利用した殺人の話があった。かつては、これが信じられていたのだ。でも、サブリミナル効果というものは存在しないことが、既に科学的に証明されている。ミステリィのネタは、時代とともに枯渇していく。

 最初に思い浮かぶのはDNA鑑定、その次は携帯電話、さらには防犯カメラなどの増加。これらが実現・普及したことで、数多くのミステリィのトリックが不可能になってしまった。

 そもそも、躰の一部でさえ、他人とすり替えることはもうできない。かつては、指紋だけが個人を特定する手がかりだったから、入念にそれを拭き取ったり、手袋をして犯行に臨んだりしたものだが、今では髪の毛一本落とせないから、犯人は大変である。どんなに洗っても、血液の反応が出たり、グラスに口をつけただけで、個人が同定できる。しかも、それが決め手となるほど重要な証拠となる。

 一方で、かつては供述が重視されたのに比べ、今では自供はほぼ証拠として扱われない。探偵による謎解きで追い詰められ逃走を図っても、それだけで犯人だとは確定できない。今でも、このような結末のミステリィが多い気がするけれど、そんなに簡単に事件は解決しない。

 ニュースを聞いていると、「警察が動機を調べています」と語られているが、動機を調べることにどんな意味があるのか、僕には理解できない。もっと気になるのは、「何らかのトラブルがあったものと見て調べています」という文句。人が殺されているのだから、トラブルがあったことは自明であり、わざわざいうほどのことか、と思う。それとも、動機もなく、トラブルもないのに、趣味で殺人を行う加害者の可能性を示唆しているのだろうか?

 そんなこともあって、ミステリィ小説は書きにくくなった。昔の話にするか、科学捜査ができない状況(たとえば、嵐の孤島など)を無理に設定するしかない。海外のドラマでも、近代化が遅れているリゾート地を舞台にしたシリーズが幾つかある。この種の物語のクリエイタの多くが困っているのは確からしい。

 

【落葉掃除とドライブ】

 

 その後、病気は一段落した(医者のお墨付きも出た)ので、庭園内の落葉を集めて燃やす作業を始めている。その合間を見て、庭園鉄道も毎日運行している。僕の担当の犬は、ドライブが大好きで、2日に1度は車に乗せないと欲求不満で元気がなくなる。乗せたら、人(犬)が変わったかのごとく、大喜びし、興奮して騒がしい。対向車とすれ違うごとに1回ずつ吠える。陸上部のコーチがトラックを走る選手たちを激励しているみたいな感じである。反対車線が渋滞していたら、どうなるのか心配だが、幸い、この地では渋滞というものはない。

 

犬と一緒に散歩する目的地の一つが、この小川。魚が泳いでいるのが見えるが、魚を釣ったり獲ったりする人を見かけたことはない。流れはいつも穏やか。

 

文:森博嗣

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』2024年1月17日発売✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 

 

世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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