「意味ある人生」を求めすぎてしまう罠 好奇心を暴走させたナンセンスのすすめ【大竹稽】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「意味ある人生」を求めすぎてしまう罠 好奇心を暴走させたナンセンスのすすめ【大竹稽】

大竹稽「脱力の哲学」5 〜意味のある人生って何?〜

「アリスが最初に感じた主な困難は、フラミンゴの管理でした。」ジョン・テニエルによるイラスト、1865年。

 

■「退屈」と「怒り」は、わたしたち現代人を象徴する心理

 

 話を本筋に戻しましょう。

 『不思議の国のアリス』に認められる「ナンセンス」ですが、その象徴としてあげられるシーンがあります。

 白ウサギを追いかけて不思議の国に飛び込んだアリスですが、まず目にするのは「DRINK ME(わたしを飲んで)」と書かれた小さなビン。そして、干しぶどうで「EAT ME(わたしを食べて)」と書いてある小さなケーキでした。このケーキを平らげてしまったアリスがどうなったかは、ご存知でしょう。

 そうです。身体が伸び始めてしまったのです。ここでアリスは叫びます!

 「Curiouser and curiouser!」

 英語を習得した人は誰でも知っていると思いますが、「curiouser」は誤りですね。三音節語の 「curious」 の比較級は、当然、「more curious」 でなければなりません。実際に、この叫び声に続けてルイス・キャロルは、「She was so much surprised, that for the moment she quite forgot how to speak good English.(あまりにも驚いたので、『正しい』英語を忘れてしまったのでした)」とアリスの心理の説明をしています。

 

 さて、この「curious」が、日本語での「好奇心」に関わってきます。「好奇心」という名詞は「curiosity」になるのですが、形容詞の「curious」には二つの意味があります。「好奇心が強い」と「珍しい」「奇妙だ」の二種類です。

 「curious」は元来、「配慮がある」「念入りである」「知りたがる」のように、主語に関わる、主観的な状態や性質を意味する単語でした。この用法がさらに展開して、ある時期から「curious」が対象の性質も表すようになりました。つまり「curious」には、主体と対象の両方に関わる用例が可能なのです。しかし、「奇妙な」を意味する類語としては、他にも「strange」や 「weird」がありますが、こちらには「curious」に認められる双方向性はありません。

 「Curiouser and curiouser!」に戻りましょう。この場面でアリスは、自分が見ている世界が「どんどんおかしなことになっていく!」ことに驚いているのですが、同時にまた、アリス自身も「おかしくなっていく」ことを楽しんでいるのです。

 

 この「curious」という単語は、「What a curious feeling!」のように、何度もこの物語に登場します。つまり、不思議の国を冒険するアリスを駆動される原動力が「好奇心」なのです。

 さて、不思議の国に飛び込む前のアリスはどうだったかというと、「退屈で死にそう」でした。そんなアリスの目の前に現れたのが白ウサギでしたね。アリスは彼に引っ張られて、「退屈」から脱出しました。

 では、アリスが飛びこんだ不思議の国の住人はどんな状態だったかというと、彼らは「怒り」に支配されていたのです。この代表格がハートの女王でしょう。クロッケーでも裁判でも、「首を切れ!」と言いまくります。このような怒りによって、「不思議の国」は侵されていたのでした。

 再び、「退屈」と「怒り」に注目してみましょう。この二つがわたしたち現代人を象徴する心理になっていることに気づかれている人も多いのではないでしょうか。

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大竹稽

おおたけ けい

教育者、哲学者

株式会社禅鯤館 代表取締役
産経子供ニュース編集顧問

 

1970年愛知県生まれ。1989年名古屋大学医学部入学・退学。1990年慶應義塾大学医学部入学・退学。1991年には東京大学理科三類に入学するも、医学に疑問を感じ退学。2007年学習院大学フランス語圏文化学科入学・首席卒業。その後、私塾を始める。現場で授かった問題を練磨するために、再び東大に入学し、2011年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程入学・修士課程修了(学術修士)。その後、博士後期課程入学・中退。博士課程退学後はフランス思想を研究しながら、禅の実践を始め、共生問題と死の問題に挑んでいる。

 

専門はサルトル、ガブリエル・マルセルら実存の思想家、モンテーニュやパスカルらのモラリスト。2015年に東京港区三田の龍源寺で「てらてつ(お寺で哲学する)」を開始。現在は、てらてつ活動を全国に展開している。小学生からお年寄りまで老若男女が一堂に会して、肩書き不問の対話ができる場として好評を博している。著書に『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』(共著:中央経済社)、『60分でわかるカミュのペスト』(あさ出版)、『自分で考える力を育てる10歳からのこども哲学 ツッコミ!日本むかし話(自由国民社)など。編訳書に『超訳モンテーニュ 中庸の教え』『賢者の智慧の書』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など。僧侶と共同で作った本として『つながる仏教』(ポプラ社)、『めんどうな心が楽になる』(牧野出版)など。哲学の活動は、三田や鎌倉での哲学教室(てらてつ)、教育者としての活動は学習塾(思考塾)や、三田や鎌倉での作文教室(作文堂)。

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