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目眩と絵文字からの発想【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第3回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第3回

 

【考えるときは言葉はいらない】

 

 長生きしたいとは思わないが、自分の楽しみを遂行するために体調を管理する必要がある。それで、毎日2回血圧を測定し、決まった時刻に体重を測っている。これらを記録して、かれこれ20年以上、毎日欠かさない。折れ線グラフにしているので、体調が悪いときの傾向が見えてくる。最近は時計が自動的に体温や心拍数を測ってくれるし、万歩計の機能も備えている。さらに、何時にトイレにいったかも、この頃は記録する。

 薬やサプリメントは飲まないし、健康のために運動をすることもないけれど、いちおう、状態を把握するため、測定値の変化を観察する。こういうことを普通の人はしないそうだ。医者がそう言った。僕の担当の編集者も、毎日血圧を測ることに驚いていた。それくらいのことで驚かれるとは思わなかった。

 日記はつけていないが、コンピュータのカレンダに、犬のシャンプをしたとか、車の調子がどうだったとかを書き込んでいる。これらのほとんどは記号であって、文字ではない。つまり、僕の記録は数字と記号。小さなメモ用紙に思いついたことを記録するときも、文章ではなく絵を描く。

 この習慣は、長女にも受け継がれていて、彼女はアラフォーだが、今も毎日絵日記をつけている。文章は一切ない。森家のカレンダには、それぞれがスケジュールを書き込んでいるけれど、ここも記号か絵だ。奥様(あえて敬称)が、小さくメガネの形を書き込んでいたら、それは彼女が目医者へ行く、という意味になる。犬の1匹がサロンに行く日は、その犬の似顔絵とドライヤらしきものが描かれている。

 最近ずっと続けている庭園鉄道の工事も、計画はすべて図や数字である。必要な部品の個数を割り出したメモも、その部品の絵と数字。信号システムの回路図は、もう10年もまえに描いたもので、変更のたびに書き加えているから、もの凄く複雑な図になっているが、これがないと工事ができない。

 人間は言葉でものを考える、とおっしゃる方がいるけれど、そういう人は、信号機のシステムを言葉で記録できるのだろうか? プラモデルの組立て説明を文章だけでするのだろうか。たしかに、昔の模型のキットはそうだった。英語で書かれている説明は、とてもわかりやすく、文章を読んで組み立てることが可能だ。しかし、日本語は曖昧すぎて、どうにもならない。だから、日本のメーカであるタミヤは、組立て説明を立体図で描いたのだ。

 古代文明の遺跡などから見つかる絵文字も、僕は親しみを感じる。絵文字というのは、その形が意味を表している。音を表している表音文字よりも、直感的で、情報量が多い。

異なる言語圏の人にも通じる可能性が高い。言葉が違っても、同じものを見ているからだ。デジタル時代には、むしろ絵文字が向いている。手で書くと苦労する漢字という文字を捨てなかった日本人は、その恩恵を今頃になって受けている。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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