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目眩と絵文字からの発想【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第3回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第3回


森羅万象をよく観察し、深く思考すること。そこに新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白いものになる――。search 森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がスタート。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。


 

 

第3回 目眩と絵文字からの発想

 

【目眩以外は肉体疲労】

 

 このところ、いろいろ忙しかった。2週間ほどまえに、また目眩に襲われた。これは5〜10年ごとに訪れる持病で、20代の頃からずっと続いている。一番酷かったのは前回、7年ほどまえだ。このときは救急車で運ばれ、1週間入院。でも、仕事に穴はあけなかった。1週間くらいダウンすることは、想定内だから。

 さて、今回は2日間寝ていた。目が回り、立っていられない。気持ちが悪くなるし、なにも食べられない。一度これに襲われると体重が3〜6キロも落ちる。

 入院したときに精密検査を受けた。たぶん脳溢血とか脳梗塞の類だろうと思っていたが、レントゲンやMRIでも原因は見つからず、耳石に起因する慢性良性目眩症だろう、と推定された。このため、頭をある方向へ傾けると気持ちが悪くなるメカニズムもわかった。だから今回は、目が回ったら上を向くことで対処し、苦痛を抑制できた。結果、これまでで一番軽かった。病気の話はこれでお終い。

 数カ月まえから、庭園鉄道の信号システムの拡張工事を行なっていて、毎日4、5時間ペースで作業を続けている(眩暈の2日間は休工)。主に屋外でケーブルを地下に通し、半田づけなどの配線。寒い季節にならないうちに今年の工事を終え、さらに来年に続きを行う予定。これが楽しくてしかたがない。ピクニック気分で庭で工具を広げ、回路図を眺めながら配線する。少し進むと電源を入れてテスト。たいてい、1回で合格することはなく、なにかミスが見つかるけれど、それがまた面白い。自分の馬鹿さ加減がわかるのが楽しい。庭を行ったり来たりするので、毎日軽く1万歩以上歩く。おまけに犬の散歩でも同じくらい歩く。だから、肉体疲労気味。秋になり本格的な落葉掃除が始まるが、これも相当な重労働なので、しばらく休めないだろう。

 そんな疲れ気味のなか、目眩後の2週間ほどで、小説を1作書き上げた。来年の4月に発行される本の原稿で、7カ月まえだから、僕としては締切ぎりぎりといっても良い。なにも考えずに書き始めたけれど、書いているうちに、「うわぁ、そういう話だったんだ」と驚く展開だった。いつもこんなふう。事前にプロットを考えるようなことは一切ない。特に、ここ最近は、寝ても覚めても信号機の配線ばかり考えているから、思考に小説など入り込む隙はなかったはず。ただ、モニタに向かう時間だけ(といっても1日に合計1時間半程度だが)、物語の世界に没入する。工事で疲れているから、コーヒーを淹れて飲む。それが冷たくなるくらいまでが執筆のリミット。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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