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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【23品目】「恵方巻」と「丸かぶり」

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」23品目

  そういう環境で育ったもんだから、どこの家でも節分には丸かぶりを食べるのが当たり前だと思っていた。ウチみたいに毎年必ずということはなくても、食べたことはあるだろう。そう思って、中学高校の同級生(つまり同年代の関西出身者)に聞いてみたら、意外とみんな食べたことがないと言うのである。大人になって恵方巻がコンビニで売られるようになってから食べたという人はいても、子供の頃に食べた記憶はない、「丸かぶり」という呼称も聞いたことがない、という人がほとんどだった。

  そんなバカな! と、ツイッターでも関西出身者にアンケートを取ってみたが、「丸かぶり」より「恵方巻」が圧倒的に優勢。嗚呼、昭和は遠くなりにけり……。というか、ウチが特殊なだけで、一般家庭では太巻きずしを一本丸ごと食うなんてことは、昔もあまりしなかったのだろう。コンビニ主導で恵方巻が世間に認知されて、イベント的に食べるようになった――というのが実情のようだ。「昔はなかった」というのは間違いだが、「関西人ならみんな丸かぶりを食べてたはず」というのも認知の歪みなのである。

  かく言う私も大学進学で東京に来て以来、節分に太巻きずしを食うという習慣はなくなった。当時の東京にそんな風習はなかったし、特に思い入れがあったわけでもないので、わざわざ丸ごとの太巻きずしを買ってくるようなこともない。寿司を食うなら、どう考えてもにぎりのほうがいい。上京当時、東京のうどんはマズいと思ったし今も思っているが、そばと寿司は東京の勝ちだ。いわゆる大阪寿司は、巻きずしや押しずしがメインである。ウチの巻きずし(太巻き)も具は玉子や胡瓜、かんぴょう、高野豆腐などで、もしかしたらエビぐらいは入っていたかもしれないが(記憶曖昧)、地味といえば地味だった。やっぱり寿司には海鮮ネタが欲しい。

  とかなんとか言ってるうちに東京のコンビニで恵方巻が売られ始め、最初は「ケッ、何が恵方巻じゃ。それを言うなら丸かぶりやろ!」と苦々しく思っていたのだが、ある年ふと見たら「海鮮恵方巻」なるものが売られていた。イカや明太子、ネギトロなどが具材で、見るからにうまそう。太巻き一本分ではなくハーフサイズで、中年にも無理なく食べ切れる感じ。縁起物でもあるし妻の分も合わせて2つ買って、丸かぶりの趣旨を説明して一緒に食べたら、これが実にうまかった。黙々と食べる妙な雰囲気もまた楽しい。

  以来、我が家では毎年節分に某ファミマの海鮮恵方巻を食べるのが習慣となっている。妻もいたくお気に入りで、「これ、節分だけじゃなくてずっと売ってくれないかなー」と言う。が、こういうものは縁起物としてその日に食べるからいいのであって、通年で売ってたらわざわざ食べない気がする。我が家においてはクリスマスのチキンやケーキより恵方巻……じゃなくて丸かぶりが年に一度のちょっとしたお楽しみ。安上がりで結構なことである。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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