宮台真司氏に対する刺殺未遂事件 犯人の“動機”を単純化したがる人たち【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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宮台真司氏に対する刺殺未遂事件 犯人の“動機”を単純化したがる人たち【仲正昌樹】

山上徹也容疑者

 

■山上容疑者の動機を憶測する人たちの危険な落とし穴

 

 山上容疑者にしてもそうである。彼が母親のことで統一教会に恨みを抱いていたこと自体は間違いないだろうが、統一教会への恨みを晴らすことが彼の人生の全てなのか。教会との関係で進路がめちゃくちゃになったとしても、彼は、いろいろな職業を経験し、自分の人生を切り開こうとしてきたはずである。何がきっかけで、殺人事件を起こして、自分の人生までも台無しにしてまで、恨みを晴らすことだけ考えるようになったのか。

 彼が、母親が通っていた地区の教会の責任者と交渉を持ち、それなりに親しくなり、献金の一部を返還してもらう約束を取り付けたとも伝えられている。だとすると、ある時期までは、統一教会への恨みはある程度緩和されていたはずである。人間の心は複雑だが、少なくとも、お金を返してもらう約束をしておいて、そのまま恨みを晴らすために殺人に及ぶ、というのは不自然である。彼の中で何らかのきっかけがあったのだろうが、報道されていることだけでは、それが何なのか分からない

 また、ある時期から恨みを晴らすことだけに凝り固まるようになったとしても、何故、統一教会と協力関係にあったが、信者ではないと分かっていた安倍氏をターゲットにしたのか。恨み骨髄に達している団体のトップではなく、関係ありそうな大物に標的を替えるというのはどういう心理なのか。私には、そういう風に、恨みの焦点をシフトさせる心理がよく分からない。彼の中で、安倍氏と統一教会はどう繋がっていたのか。彼の恨みの対象は、「統一教会」というよりもっと大きなものだったのか、あるいは、恨みを晴らすというより、自分が生きた痕跡、何か大きなことを成し遂げた、ということを世間に認めさせたかったのか。いろいろ考えられる。

 なのに、マスコミもネットも、話を大きくして騒ぎやすいように、安倍自民党と統一教会が一体となって、ディープ・ステイトとして日本を牛耳ってきたかのような物語を作り上げ、山上容疑者を、その陰謀を打破する突破口を与えてくれた英雄にしようとしている。そういう物語の枠を作ってしまうと、政権・与党や格差社会などに関連するいろんな話を結び付けることができる。

 元首相ほどではなくても、著名な政治家や知識人を標的にした事件であれば、大げさな物語を作りやすい。今回の件で、宮台氏を自由主義を守ろうとする英雄、犯人をそれに対抗する悪の思想の代表に見立てようとする人たちもいるが、それはそれで、犯人の行為に思想的に意味付けし、アンチ・ヒーロー化することになる。

 大きな物語を導入することで他人の心をすぐに分かった気になるのではなく、その言動の不可解な部分に注目し、何故そういう心境に至ったのか、じっくり考えるという姿勢が必要ではないか。

 

文:仲正昌樹

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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