宮台真司氏に対する刺殺未遂事件 犯人の“動機”を単純化したがる人たち【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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宮台真司氏に対する刺殺未遂事件 犯人の“動機”を単純化したがる人たち【仲正昌樹】


東京都立大南大沢キャンパスで1129日、社会学者の宮台真司さんが刃物を持った暴漢に襲われ重傷を負った。殺人未遂で、警視庁は今月12日に逃走中の男とみられる動画と画像を公開したが、いまだ身柄の確保には至っていない。犯人の動機は何だったのか? 『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒフロムとともに考える』の著者・仲正昌樹氏は、この問いに対する答えを早く求め、公に語る人たちの危険性を鋭く指摘する。


ビデオ映像で退院を報告する宮台真司さん(「ビデオニュース・ドットコム」のサイトより)

  

■犯行動機の憶測が事態を悪化させる理由とは

 

 十一月末に起こった社会学者宮台真司氏に対する殺人未遂事件は、多くの言論人に衝撃を与えた。七月の安倍元首相暗殺事件と“何らかの関連”があると思った人が少なくなかったようだ。安倍氏の場合、元首相と統一教会の間の関係ゆえの特殊なケースに思えたが、(しばしば自民党批判をしていた)宮台氏も襲われたとなると、「暴力によって問題を解決」しようとするテロリスト的なメンタリティが日本社会に蔓延している兆候なのではないか、というわけだ。

 「暴力によって問題を解決」しようとする短絡的な思考が問題なのは言うまでもないが、かといって、犯人が捕まらない内から、思想信条の違いから宮台氏を襲ったという前提で、勝手な憶測がマスコミやネット上で広がっているのもおかしい。宮台氏の場合、リベラル批判的なことも言うので、左右双方とも、自分に都合のいいように想像している。左派は、宮台氏の自民党・安倍批判が右翼の怒りを買ったかのように言いたがるし、右派は、宮台氏が山上徹也容疑者の行為を正当化するかのようなことを言ったので、それに刺激されて、宮台氏を思想的に敵視していた人間が行動を起こしたかのように言いたがる。いずれにしても、そうした憶測がかえって、事態を悪化させるのではないか、と私は思う。

 そもそも、犯人が捕まって、犯行動機について本人が語っていることが、警察発表や裁判を通じて徐々に明らかになったとしても、それを真に受けるべきか、という疑問がある。人間はいろんな動機から行動する。特に怒りに駆られて暴力的な行為に訴える場合、本人だって本当はどうしてやったのか分からないことが少なくないのではないか。個々の人間を無意識の次元で動かしているものは、少なくとも、今の科学では突き止めることはできない。しかし、どうして行為に及んだのか理由が分からないと、裁判を行なえないので、警察や検察は納得できる理由を探すし、本人も弁護士等と相談しながら、もっともらしくて、自分に有利な理由を見つけようとする。

 宮台氏を襲った理由について現時点で確実に言えるのは、犯行に関する政治声明のようなものを出していないので、明確な政治的・思想的目的を持った組織によるテロ活動である可能性は低い、ということだけだ。では、個人的恨みや妄想によるものか、というと、そうとも言い切れない。思想的目的による犯行と個人的恨みと妄想という三つの要素が複雑に絡み合っているケースは多いのではないか、と思う。

 架空のケースを想定して考えてみよう。金沢大学の文系で教員採用のための公募があり、それに応募したXが、(自分では立派な業績があると思っているのに)一次選考で落とされた。期待していて、落胆したXは、ネット情報などから、自分の専門と関係が深く、かねてから自分のラディカルな考え方を政治的に嫌っていた仲正が余計な口出しをし、選考委員会で頑強に反対したと思い込んでしまった――実際には仲正は、選考委員会のメンバーではないし、その人事のことにあまり関心がなく、そもそも、Xの存在を知らなかったので、口出ししようがなかった。絶望の中でストレスがたまるXの中で、ラディカルな思想Yを抑圧し続ける害悪である仲正を取り除かなければ、自分だけでなく、他の多くの人が苦しみ、日本のアカデミズムにとっても大きな喪失になる、と思い至り、……

 こういうパターンは十分考えられることである。実際、人事話に関する妄想を、思想的な問題に結び付けた、とんでもない話をネットに書き綴る輩は実際にいる。どうして、こんな仕打ちをするんだ、あなたの〇〇という考え方が間違っていると“苦情”を言いにくる人間もいる。そういう連中が、何かのきっかけで逆恨みを募らせ、私に犯罪的な危害を加えるとしたら、何か思想的な問題を理由に挙げることだろう。

 テロリストが掲げる政治的理由が全て個人的なものだと言いたいわけではない。マルクス主義とか天皇中心主義のようなイデオロギーをはっきり掲げて行動する人間でも、元を辿れば極めて個人的な恨みに端を発していたり、根拠のない思い込みによって思想形成していることが少なくないので、それほどはっきり区別することはできない、ということだ。

 政治的目標を掲げて活動している――実体がある――団体が、犯行声明を掲げているのでない限り、政治的動機とか思想的動機を勝手に憶測するのは見当外れである。それどころか、本人が言っていないことを勝手に補って意味付けするようなまねは危険である。それと同じような心理状態にあり、自分も同じような行為を実行するかどうか迷っている者に、「そうか自分はそういう正当な怒りを動機に行動しようとしている」とか、「今世の中で、Xの犯行の動機として多くの人の共感を呼んでいる〇〇という言い分を自分も採用すれば、世論が味方して……」、などといった考えを抱かせかねない。

 思想的な背景があるように見える要素があるからといって、他人が勝手に捕捉して意義付けすべきではない。思想的ヒーロー気分で、事件を起こす輩を生み出す恐れがある。相模原の障碍者施設での殺傷事件の犯人は、ナチスの人種理論も優生思想も知らなかったと本人が言っているのに、マスコミとネットでは、“現代日本社会に蔓延する優生思想”のエージェントにされ続けている――「「法外なもの」とは何か――『相模原障害者殺傷事件』を読む/仲正昌樹 – SYNODOS」を参照。

 

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KEYWORDS:

✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

リーダー コロナ 人間の本性 非常事態宣言

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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