何故、「国葬」に反対しないで、「アベの国葬」に反対するのか【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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何故、「国葬」に反対しないで、「アベの国葬」に反対するのか【仲正昌樹】


そもそも、統一教会に完全に入信し、自分の人生を捧げるかどうか決めようとしている人が、安倍元首相の御墨付きごときものに影響されるだろうか? 最初にイベント参加のきっかけにはなるかもしれない。しかし、イベントに参加した人が、すぐに信者になるわけではないだろう。「アベ国葬反対」と叫ぶ声が燃え上がる一方で、そこに隠れた群衆心理の欺瞞を突くのは、『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』が重版出来しロングセラーの著者・仲正昌樹氏だ。「人の死を弄ぶな!」と叫ぶ反アベの人たちは、自分たちが「人の死」を弄んでいることに無自覚なのではないだろうか?


安倍元首相の国葬に反対する人たちが 国会前で集会し、デモを繰り広げた(2022年8月31日)

 

■国家は人の死を利用する。宗教はそれ以上に、人の死を利用する

 

 国家は人の死を利用する。国のために死んだ人を追悼することは、愛国心や同胞意識、名誉欲などを喚起することになる。政治思想史では、ペロポネソス戦争の時のペリクレスの戦死者への追悼演説が有名である。

 宗教はそれ以上に、人の死を利用する。その典型がキリスト教だ。十字架の上でのイエスの死を教義の中心にすえただけでなく、多くの殉教者を聖人にした。哲学も、ソクラテスの死を、真理探究者の覚悟のようなものを示すシーンとして利用した。

 今回の安倍元首相の死も、多くの人たちによって利用されている。国葬をいち早く決めた政府・与党は、これを自民党政権が命がけで政治に取り組んでいることをアピールするために利用している。旧統一教会は、安倍氏が南北朝鮮統一のための戦いで、自分たちと完全に志を一にする同志であるかのようなアピールするために利用した。

 ただし、旧統一教会と安倍氏の関係について早とちりしていた人たちがいたので、念の為に言っておく。八月にソウルで開催されたワールドサミット2022で、安倍氏を追悼するセレモニーが行われたが、あれは、統一教会式の葬儀ではなく、サミットに参加していた、信者でない各国(元)首脳や他宗教の代表も参加できるよう、簡単に献花を行っただけである。これを統一教会葬であるかのように言っているネット民が多かったし、それにのっかるような報道をしたマスコミもあった。恐らく、安倍氏が、教祖夫妻と並んで、旧統一教会の崇拝の対象になっているかのようにした方が、面白いし、統一教会と自民党を叩きやすいと思ったのだろうが、これは、露骨に「人の死」を利用しようとする政府や旧統一教会と比べると、かなり陰湿なやり口だ。

 安倍氏の国葬に反対している人たちの「利用」の仕方は更に陰湿だ。リベラル・左派が、特定の人物を、国民の手本となるような人物として讃える「国葬」などという仕組みに反対するのであれば分かる――私も基本的には反対である。しかし彼らのほとんどは、「国葬」ではなく、「アベの国葬」に反対している。

 彼らは、安倍氏は格差拡大に貢献し、憲法をないがしろにしてきたので、負の功績が大きいということや、統一教会の癒着の元凶なので、国葬にふさわしくない、ということを主張する。しかし、既にBEST T!MESに掲載された拙稿「安倍元首相殺害の原因を勝手に決めつけ、誇大妄想的な自説を展開することに大義名分はあるのか?」でも述べたように、安倍内閣の経済政策が弱い者いじめであったと客観的基準に基づいて決めつけることなどできない。逆に言えば、どういう経済政策を行った首相なら、国葬にふさわしい、ということになるのか。経済成長や財政赤字の影響は一切無視して、高所得者・大企業への課税を強化して、社会的弱者への福祉の面で大盤振る舞いするような首相であれば、ふさわしいのだろうか。また、憲法をないがしろにしたのが悪いというのであれば、九条護憲至上主義者であればふさわしいということなのか?

 また、統一教会がのさばって、山上徹也容疑者の母親が高額献金して一家が生活に窮乏したのは、(信者でもない)安倍氏のせいだ、と決めつけている人は、統一教会と自民党の“ズブズブの関係”なるものが報道されるたびに、鬼の首を取ったように、「やっぱり」と叫ぶ。ネット上の国葬反対派と、“ズブズブの関係”に喚起する派はかなりかぶっているようだ。しかし、前回の「ネット社会が生み出した日本の影の支配者=統一教会という虚像」で論じたように、マスコミ報道で明るみに出たことは、自民党の議員たちが旧統一教会系のイベントに参加したり、祝電を送ったり、といった些細なことばかりである。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著
大好評『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』KKベストセラーズ)

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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