世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第7回】「深夜の病院でコーラを飲む者」〈田中真知×中田考〉 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第7回】「深夜の病院でコーラを飲む者」〈田中真知×中田考〉

田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第7回】


作家・田中真知と、イスラーム法学者・中田考によるウイズコロナ小説『世界のエリートはみなヤギを飼っていた』。

〈これまでのあらすじ〉

 カーナビと言い争って高速道路を逆走したリュウ。痴漢電車に乗りながらも日々健気に看護師として働く同級生のレイ。中学以来会ったことのない二人。レイが勤める病院に緊急搬送されてきた意識不明の重傷患者は、「リュウ」こと「八木劉弾」だった。入院中に起こる不可解な出来事の数々。リュウのもとに突如現れたヤギとアラブ人風の男の正体とは? リュウとレイは奇妙な日常に巻き込まれいく・・・

 【第7回】は「深夜の病院でコーラを飲む者」


イラスト:KINAKO

 

世界のエリートはみなヤギを飼っていた

 

第7回 深夜の病院でコーラを飲む者

 

 「あれはまちがいなくヤギだった!」

 リュウは、同室の3人の患者たちに駅前でのことをしゃべっていた。

 患者たちはリュウが配った赤飯のおにぎりを、もそもそと食べながら話を聞いていた。みな年寄りだった。

 「だけど、なんであんなとこにヤギがいたんだ? 逃げだしてきたのか。それとも電車に乗ってきたとか。いや、それはないな……」

 リュウの話はいつものように独り言のようになってきた。でも、相変わらず声は大きい。

 リュウは赤飯おにぎりを頬張りながらつづけた。

 「だれもヤギに気づいてなかった。オレも最初は幻かと思った。でも、あの顔の濃い外国人はヤギを探していた。ヤギは現実だったんだよな。うーん、謎だ」

 向かいのベッドの患者が夢中になって赤飯おにぎりを頬張っている。

 「うまいか?」

 リュウが声をかけた。

 呼ばれた患者が口元をふがふがしながらうなずいた。

 「よかったな。ここの飯、まずいだろ。あんなもんじゃ元気出ねえよな。老い先短いんだから、うまいもん食わなくちゃ」

 患者がうなずいた。

 そのときだった。

 突然、患者がうめき声を上げた。顔がみるみる赤くなっていく。

 「じーさん、どうした?」

 患者はそのまま仰向けに倒れ、ベッドから転げ落ちた。口から泡を吹き、手が痙攣している。

 「おい!」

 リュウはベッドから降りてかけよった。

 赤飯が喉に詰まったらしい。

 「先が短いからって、早すぎだろ」

 リュウは患者を抱えあげて背中を叩いた。

 顔がますます赤くなっていく。

 「じーさん、しっかりしろ!」

 なおも激しく叩きつづけていると、いきなり患者が口からぶわっと赤飯を吹いた。粘液にまみれた大量の飯粒が寝間着や床に散乱した。

 「汚ねえなあ。がっつきすぎだぜ」

 患者は大きく咳き込むと、ぜいぜいあえいでいる。

 そのとき看護師が病室にかけこんできた。レイだった。

 ほかの患者がナースコールしたのだ。

 「どうしました?」

 見れば、赤飯にまみれて咳き込んでいる高齢の患者とそれを抱きかかえるリュウの姿があった。喉に赤飯を詰まらせたことはすぐわかった。

 「赤尾さん、大丈夫ですか!」

 レイはしゃがみこむと、荒い息をついている患者の背中を下から上へさすりあげた。それから口の中をのぞきこみ詰まっているものがもう出たことを確認した。窒息の危険は脱したようだった。

 レイはリュウに向き直ると、じっとにらみつけた。

 「だれが赤飯なんか食べさせたんですか?」

 「いや、だからさあ……」

次のページ赤尾さん、死にかけたんだよ

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第1章  あなたが不幸なのはバカだから

承認欲求という病
生きているとは、すでに承認されていること
信仰があると承認欲求はいらなくなる
ツイッターでの議論は無意味
教育するとバカになる
学校は洗脳機関
バカとは、自分をヘビだと勘ちがいしたミミズ
答えなんかない
あなたが不幸なのはバカだから
「テロは良くない」がなぜダメな議論なのか
みんなちがって、みんなダメ
「気づき」は救済とは関係ない
賢さの三つの条件
神がいなければ「すべきこと」など存在しない
勤勉に働けばなんとかなる?

第2章  自由という名の奴隷

トランプ現象の意味
世界が「平等化」する?
努力しないと「平等」になれない
「滅んでもかまわない」と「滅ぼしてしまえ」はちがう
自由とは「奴隷でない」ということ
西洋とイスラーム世界の奴隷制のちがい
神の奴隷、人の奴隷
サウジアラビアの元奴隷はどこへ?
人間の機械化こそが奴隷化
人間による人間への強制こそが問題

第3章  宗教は死ぬための技法

老人は迷惑
老人から権力を奪え
老人は置かれ場所で枯れなさい
社会保障はいらない
宗教は死ぬための技法
自分に価値がない地点に降りていくのが宗教
もらうより、あげるほうが楽しい
お金をあげても助けにはならない
「働かざる者、食うべからず」はイスラーム社会ではありえない
なぜ生活保護を受けない?
金がないと結婚できないは噓
結婚は制度設計
洗脳から逃れるのはむずかしい
幸せを手放せば幸せになれる

第4章  バカが幸せに生きるには

死なない灘高生
寅さんと「ONE PIECE」
あいさつすると人生が変わる?
視野の狭いリベラル
夢は叶わないとわかっているからいい
「すべきこと」をしているから生きられる
バカが幸せに生きるには
三年寝太郎のいる意味
バカと魯鈍とリベラリズム
教育とは役立つバカをつくること
例外が本質を表す
言葉の暴力なんてない
言論の自由には実体がない
バカがAIを作れば、バカなAIができる
差別と区別にちがいはない
あらゆる価値観は恣意的なもの
『キングダム』の時代が近づいている
人間に「生きる権利」などない

第5章  長いものに巻かれれば幸せになれる?

理想は「周りのマネをする」と「親分についていく」
自分より優れた人間を見つけるのが重要
身の程を知れ
長いものには巻かれろ
ほとんどの問題は、頭の中だけで解決できる
権威に逆らう人間は少数派であるべき
たい焼きを配ることで生まれる価値
大多数の人にコペルニクスは参考にならない
為政者が暗殺されるのはいい社会?
謙虚なダメと傲慢なダメはちがう
迫害されても隣の人のマネを貫き通す

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田中真知×中田考

たなかまち,なかたこう

作家,イスラーム法学者

田中真知 たなか・まち

作家、翻訳家。あひる商会代表。一九六〇年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。一九九〇年より一九九七年までエジプトに在住。アフリカ・中東各地を取材・旅行して回る。著書に『アフリカ旅物語』(北東部編・中南部編)、『ある夜、ピラミッドで』、『孤独な鳥はやさしくうたう』、『美しいをさがす旅にでよう』、『たまたまザイール、またコンゴ』(第一回斎藤茂太賞特別賞を受賞)旅立つには最高の日』、『増補 へんな毒 すごい毒』、訳書にグラハム・ハンコック『神の刻印』、ジョナサン・コット『転生 古代エジプトから甦った女考古学者』など。現在、立教大学講師も務めている。

 

 

 

中田考 なかた・こう

イスラーム法学者。一九六〇年生まれ。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、二〇代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。近著に『イスラームの論理』、『イスラーム入門』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『みんなちがって、みんなダメ〜身の程を知る劇薬人生論』、『タリバン 復権の真実』など。

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