「イスラーム世界の価値観や行動原理は西欧的なものと全く異なっている」とまず認識せよ【中田考×平川克美】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「イスラーム世界の価値観や行動原理は西欧的なものと全く異なっている」とまず認識せよ【中田考×平川克美】

「隣町珈琲」中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演〈平川克美氏との特別対談〉


アフガニスタンでは今、第二次タリバン政権が発足し始動しているにもかかわらず、国際社会はタリバン政権を国際テロリスト指定し、経済制裁をいまだかけ続けている。食糧危機は深刻さを増し、子どもたちの餓死者が出ているのがアフガニスタンの現状だ。いまベストセラーの『タリバン の真』(KKベストセラズ)の著者でイスラーム法学者の中田考氏が、実業家で文筆家の平川克美氏と、平川氏が主催する「隣町珈琲」で対談を行った。「イスラーム世界の価値観とはどういったものなのか?」。前回配信した講演記事(前編・後編)と合わせてお読みください。


2021年8月15日、タリバンがカブール無血入城。大統領府を掌握した瞬間。

 

平川『タリバン 復権の真実』を拝読して、やっぱりタリバン、もしくはイスラームの世界は、我々が慣れ親しんだ西欧的な原理とは全く行動原理が異なることに改めて気づかされたんですが、その原理の違いは一体どこからきたのか、ということに興味があります。

 1600年の東インド会社設立以降、一気にヨーロッパがアジア・アフリカに進出して植民地にしていきました。当時、かつてヨーロッパの中心だったイタリアのすぐ東側にはオスマン帝国という大きなイスラーム帝国があったわけですが、植民地の競争の歴史に目立った形で登場していませんね。

 以前に中田先生とお話しした際にその理由として、「『株式会社』という幻想、想像の共同体をイスラームは持たないからだ」と聞いて僕は膝を打ったんです。

 そして「領域国民国家」も、(ベネディクト・アンダーソンが書いた通り)実は「想像の共同体」そのもの、つまり人間が作り上げた共同体なわけです。

 その歴史を辿ってみると1648年のウェストファリア条約に遡り、それ以降の世界は「ウェストファリア体制」と呼ばれています。これはカトリックとプロテスタントの争いに端を発した「三十年戦争」がヨーロッパであり、それに疲れてしまって作り上げた体制です。「国民国家」という概念は、この時にようやくできたものです。

 ですから、「幻想にすぎない国民国家」に対して、「神との直接の対話を基底にするイスラーム」というのが大本の違いだと思うのですが、その辺り中田先生はどうお考えでしょうか。

 

中田:イスラーム世界でも欧米の植民地化の影響は大きく、今ご指摘いただいたイスラームの精神のかなりの部分が崩れてるのは確かです。しかし、真面目にイスラームを学び直そうとする人たちは皆、その現状に当然気が付いています。

 またイスラームは親族を非常に大切にしていまして、その伝統も戻りつつあります。イスラーム世界は多民族なので、親戚も国境を越えていますし、学問をする人間も放浪しながら勉強するシステムですから、学問のネットワークも国境を越えています。ヨーロッパの影響を強く受けたのは事実ですが、国境を越えたネットワークによってイスラームの文化が戻りつつあるのも事実です。

 

平川:なるほど。先生が仰った親族・家族システムとは、想像の共同体ではなくて血縁共同体を基礎にしているものですよね。

 エマニュエル・トッドが、イスラームはいわゆる内婚制の共同体家族形態の社会であり、日本はいわゆる権威主義的家族、そして現在の世界を席巻する価値観の源流であるヨーロッパは絶対核家族のシステムだと区分けをしています。

 一方でアフガニスタンの場合、イスラームであると同時に、特に北部などは物凄い部族社会ですよね。

 

中田:そうですね。

 

エマニュエル・トッド (1951年〜)。フランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者。経済現象ではなく人口動態を軸として人類史を捉え、ソ連の崩壊、英国のEU離脱や米国におけるトランプ政権の誕生などを予言。

 

平川:トッドはチュニジアの「ジャスミン革命」を評して、「SNSによって戦いが起きた、みたいなことが言われているけれど、そうではない。本質は、あの地域に残っていた部族的な家族システム、血縁共同体がヨーロッパ文明の侵入により崩れていき、子供が親の言うことを聞かなくなるように旧来の価値観への反発が急速に起こったことが、あのような形に繋がっていった」と言っています。これについてはどうお考えですか?

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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