■人生の味の決め手になるのは、未完成の男である

 約20年前の日本なら男性優位の社会で、夫よりも収入がある関係性は簡単には認めてもらうことができなかった。金銭だけではない、女性の不貞なんて犯罪扱いに近かったと思う。女性=淑女という価値観が、ベリーベストだった時代のことだ。そんな最中に恋心を貫いて、最終的には出家の道を選んだ瀬戸内寂聴さんのことを思うと、なんだかドキドキしてくる。

 

 そして今は愛情以外のすべてがサブスクリプションできるような、便利な時代。男女どちらが優位か? なんてそんなことを考えること自体がナンセンスである。売れないミュージシャン、役者、画家、作家……数えたらキリがないけれど、彼氏の生活費を彼女が支払っていてもなんの問題もない。何か挙げるとすればお互いが好き同士であるかどうかだけだ。

 

 私の周囲にもパートナーの生活費をすべて自分で捻出している女友達が、リアルに三人いる。会社経営、出版社勤務、金融マンと職業はバラバラだけど彼女たちに共通しているのは、パートナーのことを大好きだと恥ずかしげもなく公言する、純度100%の愛情だ。付き合ったばかりのカップルの感覚が、10年近く経ても変わっていないという雰囲気。既婚者のほとんどが照れているのか、否定する相手への気持ちを

「旦那のこと? うん、大好きだよ〜」

 と、さり気なく惚気てくる。そういう様子は可愛いと呼ぶ。

 そんなことを考えていたら10代の自分を思い出した。当時から物書き体質をフル発揮した変わり者だったけれど、好きなタイプを聞かれると

「その人(男)が仕事やお金がなくなっても、堂々と好きだって言える地に足のついた女でいたい」

 と、答えていた。まるでQ&Aにはなっていないけれど、あれからマインドは変わらず。足りないものと言えば、男を愛でる潤沢な年収くらいか。

 

 男女関係において大事なことは、愛されている自信ではなく、相手を愛している自信。それはどこから生まれてくるのかといえば、仕事をして得ている収入や、社会的地位だ。きれいごとではなく、自立していることは確実に人に自信をもたらす。そんな彼女たちだから、ダメ男を楽しむ余裕がある。ダメでもまた次がある、そんな余裕がある。著書『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』のP187にも書いた『男が若い女のほうに転ぶのは仕方ない。だって私たちも若い男へすっ転ぶことがあるのだから』。この文章にすべての解答が集結しているのではないだろうか。