「避妊できる」「生理をコントロールできる」〝ピルという博打薬〟と女の身体について【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第23回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第23回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【高校生のときから飲み続けている処方薬】
「子ども産めるのって女の人だけがもつ権利でしょ。男には産めないんだから。だったらそれに付随する生理だって、何だって、全部しょうがなくない?」
かえす言葉も力もなくて、ただただにこやかに笑っただけであった。
朝六時前。設定している目覚ましの音よりもずっと早く、ベッドに差し込んでくる光に起こされる。ぼんやりとしつつも、眠っている間に届いていた通知をざっと目を通して、のそのそと身体を起こすと、階下から察しの良い犬が走り回る音が聞こえてくる。階段を降り、何百回と繰り返されたルーティンをこなしていく。そして最後に小さな錠剤をシートから押し出し、少し冷ましたお湯で身体に取り込んでいく。ずらっと空になったシートを眺めるたびに「あ、こんなに日数が経ったのか」と時間の経過を感じてしまう。もはやこれが私にとってはカレンダーみたいなものだ。
28錠全てが空になったシートをこれまでいくつゴミ箱に捨てただろうか。こんな小指の爪の半分の大きさにも満たない粒が、こんなにも自分の生命のかたちを変えていると思うと、その存在に感謝する半面、これが世界から消えたら私はどうするのだろうと考えるだけで少しぞっとしてしまう。
最近ピル処方の広告の多さに、「以前よりも一般的になったのだな」と感心するのと同時に、「気軽にもらえるのだから使いますよね?」という押しつけを感じられて、げんなりしてしまう自分がいる。数年飲んでいて自身は便利に感じていても、あくまでピルは〈処方薬〉であって、〈サプリメント〉ではない。それだけ身体に大きく作用するものだから、仲良い友達にだって手放しに薦めるものではないと分かっているからだ。
SNSを眺めていると「生理を自在にコントロールする薬」や「飲んでおけば避妊ができる薬」といった便利でポジティブなイメージだけがアピールされている場合が多い。昔「ピルを飲めば、もう出血しないんでしょ」と言われて唖然としたこともある。私からしてみれば、便利ではあるが〈飲み始めてみないと、どうなるか分からない博打薬〉だと思っている。ピルを初めて口にしたのは婦人科系の病気を抱えていた高校生のときで、そこから一度も中断することなく飲み続けている。
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KEYWORDS:
✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
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「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに