「避妊できる」「生理をコントロールできる」〝ピルという博打薬〟と女の身体について【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第23回
【ニュートラルな状態に自分をコントロールしたくて】
初めて処方されたとき、薬に慣れるまで長くて数か月かかると言われた。ひどい風邪のときに処方される抗生物質だってそんなことを言われたことがないのにと驚いたが、医師の説明通り頭痛や吐き気など何かしらの具合の悪さが二週間ほど続き、こんな状態なら飲まない方がマシだと考えてしまうほどであった。慣れれば便利ではあるが、つい最近四年ぐらい飲み続けたものから種類を変えたときにも同じように体調不良に陥り、振り出しに戻った無力感を味わった。
それでも辞めることができないのは、なるべくニュートラルな状態に自分をコントロールしておきたいと願ってしまうからだ。何の不調や不安、例えば床に這いつくばってしまうような下腹部痛に襲われたくないだとか、突然の出血で服を汚したくないだとか、それらのことを抱えずに生きるために。私の考える〈ふつう〉というスタートラインに立つためなら、検査や処方にかかる金額や手間、常飲することで発生する血栓症のリスクすら受け入れようと思うのだ。
身体の中心から流れ出る血や、その血を排出するために収縮する鋭い痛みを感じる度に昔恋人に言い放たれた言葉が突き刺さる。確かに私は生物学上女であることは間違いないし、身体に備わった機能で言うならば子どもを産むこともできる。そのために毎月血を垂れ流すことも仕方がないと理解しているし、毎日欠かさず薬を飲み続けることでふつうのスタートラインに立てるようにしている。
だからこそ、無責任に放たれる他人からの「自分の身体なのだからコントロールしろ」だとか「ピル飲めば全部解決するんでしょ」なんて言葉を易々と受け入れることはできないし、かといって反論するほどの材料も持ち合わせていないのでただ笑って受け流す。気を遣ってほしいとか慰めてほしいとも思っていない。こんな風に考えるのはわがままなのだろうか。
自分で選んだわけではないというやるせなさを抱えながらも、誰にも文句を言うことができないから、無条件で受け入れて、生きている。もし人間をかたち作った神様が目の前にいるのならば、「もう少し頑張って進化させろよ」とぶん殴ってやりたい。
(第24回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに