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エスカレーターの「片側空け」から学ぶ法哲学

「片側空け」はじつはルール違反だった!?

■「法」と「道徳」は別物なのか?

 この問題は、「法」と「道徳」の違いを実感させる問題となっている。法とは人々に何かを禁止したり、規制したり、制裁や罰の重さを定めたり、権利を与えたりするものであり、道徳とは善悪の価値基準のことである。

 本来であれば、法と道徳が完全に一致していることが理想であるし、実際に少なからぬ法は人々の道徳観を具現化したものとなっている。例えば「人を殺してはいけない」「物を盗んではいけない」というように、誰もが道徳的に考えて同じ意見を共有できることを法によって規定しているケースである。近代以前の西洋では、法とは物理的な自然法則が存在するのと同じように存在する「自然法」としての普遍的な道徳を具現化したものだと考えられていた。 

 

 だが、個人の良心の自由が保障された近代以降の社会では、人によって道徳観の相違が存在することが認められるようになった。結婚前に異性と交際することは道徳に反すると考える人もいれば、特に問題はないと考える人もいる。肉食を悪であると考える人もいれば、問題ないと考える人もいる。だから、社会に暮らす人々の間で道徳観に相違がある事柄について、法で明確に規定するのは難しくなってしまう。

 古代や中世の国家は、伝統的な道徳や宗教の価値観を法の力によって人々に守らせてきた。だが、近代国家では、どのような道徳や宗教を受け容れるかは個人の自由であるとして、国家は個人の内面に干渉せずに中立的な立場をとるようになっていく。そのため、特に近代以降の社会では、法と道徳は一致するものではなく、分離したものと考えられるようになった。

次のページ歴史上も議論が続けられてきた。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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