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エスカレーターの「片側空け」から学ぶ法哲学

「片側空け」はじつはルール違反だった!?

■エスカレーターの上で対立する法と道徳

 では、エスカレーターの片側空けの慣習に関するマナーとルールの関係はどのように考えられるだろうか。片側空けの慣習は、現在のところ多くの人に共有されているマナーであり、道徳として成立していると言える。一方、そもそも歩行禁止というルールが法として存在する以上、歩行する人のために片側を空けることもルールとしての法の観点からすれば望ましくない行為であると言えるだろう。

 対処の一つとして、社会の大部分の人が共有する道徳観にルールを合わせること、すなわちエスカレーターの歩行や片側空けをルールとして認めるということが考えられる。大部分の人の正義感に反する法は悪法であり、いかに手続きと形式が整っていたとしても正当な法であるのかと考えることもできるだろう。また、大部分の人が道徳として慣習を共有し続けることで、それが法として認められるようになる場合もある。

 だが、歩行禁止の根拠として挙げられているように、そもそもエスカレーター内の歩行は重大な事件を招く危険性があるため、道徳に違反しているとも考えられる。片側空けをマナーとする道徳と、歩行を悪とする道徳が衝突しているのが現状と言えるだろう。

 では、道徳観に相違がある問題に関して、法が介入すべきではないのだろうか。ラッシュ時の駅等、多くの人が行き交う状況における事故の危険性を考えると、やはり何らかのルールは必要とされるだろう。

 個人的には、急ぐ時は階段を利用すれば良いのではないか……とも考えるが、階段が遠回りになる時等、ついついエスカレーターを歩行したくなる時もあるので、この問題は一概に答えを出せない難問だと言える。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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