「礼儀を尊重しない人、礼儀の意義に無自覚な人」の落とし穴【福田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「礼儀を尊重しない人、礼儀の意義に無自覚な人」の落とし穴【福田和也】

福田和也の対話術

 

 なぜ、接客マニュアル的な対応がよくないのか。

 それは、けしてその内容や手順がよくない、ということではありません。マニュアルの中味は莫大な予算と、試行錯誤を経て作られたものなのでしょうからそれなりによく出来ていると思います。

 その点については、どうして、ファースト・フード店に入ったとたん、店員さんに微笑まれても嬉しくも何ともないのか。どちらかというとウンザリした気分になるのか、ということを考えてみれば、よく解るのではないでしょうか。ーーいや、とても嬉しい、快適だ、とおっしゃる方は、そもそも礼儀について考える資格が疑わしい。少しそういう風潮に侵されすぎていると思います。

 なぜ、嬉しくないのか。それは、彼女なり、彼なりが、けして私に、あるいはあなたに微笑んでいるのではないからですね。別に私に会って嬉しいから、微笑んでいるわけではない。ただ、笑うことになっているから、笑っているだけなのです。接客マニュアルで決められているから、笑っている。

 それが気味悪い。

 微笑みとか、笑いというのは、自発的なものですね。もしくは自発的に見せなければならないものです。会話している相手から自然に笑みがこぼれたり、笑いが発したりすると、話をしていて、なんとなく嬉しくなる、非常にリラックスした気分になって、解放された心持ちになるのです。

 そういう魅力が、機械的な笑いには一切ない。むしろ笑いという人間にとってかなり自然な現象を、無理やり作り出してしまっているという感じが、無残であると同時に侮辱を受けているような気分にさせるのです。

 

■演出の「型」を取り入れる

 

 しかも、マニュアル的な作法というのは、本来の文脈と離れて用いられがちです。それは礼儀が生きるべき、本来の人と人との関係を離れて、ただ反射的動作としてやっている、そうやっていれば問題はない、行儀よく見える、というような発想から考えられ、とりいれられてしまっているからです。

 例えば、トイレット・ペーパーの切った跡を、三角に畳んでおく、ということをやる人がいます。一部の女性などは、それがタシナミだと思っているらしい。

 ご存じの方もいると思いますが、あれはそもそも、トイレの清掃係の方が、ここは掃除がすみましたから改めて掃除をしなくていいですよ、という合図なのですね。もしもその三角が切れていれば、点検した職員の方が、ここは使用された、ということで、また掃除をする。トイレの美観を気にして、頻繁に掃除をするホテルなどで作られた仕組みだと聞いています。

 だから、トイレット・ペーパーを三角に折ったりするのは、私はお掃除係です、と云っているのと同じなのです。まったくエレガントでも何でもない。別に、掃除の職員の方を貶(おとし)めているわけではありませんよ。でもそのふるまいは、盛装した姿とはまったくそぐわない滑稽なものです。第一、みなが片端から折るものだから、掃除したんだか、してないんだか解らなくなって職員の人にも迷惑でしょう。

 そういう脈絡も考えずに、ただ何となく見栄えがいい、というようなことでとりいれて、自分は上品なつもりでいる。まったく恥ずかしい、大笑いな事態ではありませんか。

 

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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