緩やかに沈んでいく「茶どころ日本一」の静岡 勇気をくれるのは、いつも植物たち。【植物採集家の七日間】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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緩やかに沈んでいく「茶どころ日本一」の静岡 勇気をくれるのは、いつも植物たち。【植物採集家の七日間】

「世界のどこかに咲く植物を、あなたの隣に。」連載第4回

 

 

■気がつけばいつも、世界中でお茶を追いかけていた。

 

 

 ブランディングから植物の仕事に軸足を変えても、私の前には何度も「お茶」が現れた。鹿児島、福岡、三重など静岡県以外の相談もあったし、海外視察でもいつもお茶を山ほど買ってきた。チャノキからできる緑茶(煎茶や玉露、ほうじ茶)、烏龍茶、紅茶も全て守備範囲だ。

 ベトナム王朝の愛したお茶があると知れば、マニアックな地域フエ(ベトナム中部)まで行く。ココナッツフレーバーのお茶やハス茶を試しに試した。イギリスではデパートを駆け回り、たっぷりの牛乳を注いで楽しむミルクティーを想像して買い込んだ。ベルリンに住む静岡出身の友人には、ドイツでの農薬の考え方や規制について教えてもらった。欧米では抹茶が人気だった。アロマキャンドルを試そうと「マッチ」を貸して、と尋ねたら「Matcha latte?」と聞き返されたこともある。じつに認知度が高い。台湾茶は本当に美味しくって、茶葉がフワフワと浮かぶペットボトル入りのお茶をよく買っていた。現地で仲良くなったチェンは試行錯誤して、彼が作った台湾茶をクリスマスプレゼントに送ってくれた。茶を愛する者の異文化交流を教えてもらった。

 

 

 私が知らないお茶に出会えるからか、海外でのトラベルハイも助けてなのか。世界のお茶に夢中だった。帰りのスーツケースの半分はお茶やハーブティ。同行する友人たちから「本当にそんなに買うの?」「バイヤーじゃないよね?」と、よく聞かれた。今ここでしか手に入らないものは絶対に持ち帰りたいし、これも私の植物採集なのだ。

 反面、日本のお茶にはワクワクすることは無くなっていた。しかし、ワクワクするものだけが全てではない。安心して飲むことができ、いつでも美味しい。生活と人生の基盤となるようなものは大切だ。本来、日本人にとってのお茶はそういうポジションのはずだった。

 

■less is more 目的を絞る経営判断と茶づくりのこだわり。

 

 

 

 海外のお茶に夢中になり、私の生活から消えた日本茶を再度登場するきっかけを作ったのも静岡茶だった。同じ歳で、老舗の跡取りでもある山梨商店の山梨さんがおいしい緑茶を入れながら話してくれた。

 静岡茶は、農家が生産するお茶も美味しいけれど、茶問屋が火入れの加減や管理などにもすごく拘っていること。農薬を使うことと使わないことの理由や悩み。コストと品質のバランス。そして、今現状をとにかく変えていきたいという思い。

 彼が真剣で、何よりお茶が美味しかったので、少しでも力になりたいと思った。「お茶を美味しく飲むこと、諦められないかな?」と私が言った時の彼の顔が忘れられない。決して怒ったり悲しむのではなく、とにかく驚いていた。もちろん私はお茶の美味しさを否定したわけではない。視野を広げて、可能性を探究するために伝えた言葉だった。一度、お茶の魅力を客観的に考えるために。

 真意は伝わり、フードロスの問題やアメリカのサプリメント業界でGreen Tea が大人気であること、話題のお茶イベントなど、静岡や東京で何時間も語り合った。

 山梨さんは自分の家業を継ぐために、全国展開している紅茶メーカー、珈琲チェーン店で修行をして実家に帰ってきていた。お茶のペアリングや緑茶サングリア、ワークショップに工場併設カフェ。最近のヒットであるフルーツ緑茶のシリーズなど、とにかく「美味しいお茶」を広めるための熱量は凄まじい。「美味しいお茶」を広めることに目的を絞る。経営者として、ブランドマネージャーとして素晴らしい決断だ。お茶は味も美味しくて、健康のための機能食品的側面や、日本の文化を象徴する面もある。欲張らずに美味しさで直球勝負するのは、実はすごく勇気がいる

 

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古長谷 莉花

こながや りか

 1986年静岡生まれ、植物採集家。幼少期よりガーデニング好きの母の影響で生け花・フラワーアレンジメントなどを通し、植物と触れ合って育つ。様々な視点で植物を捉え、企業やクリエイターと植物の可能性を広げる試みを行う。訪れたい場所(株)代表取締役社長。
The Apoke 植物採集 https://the-apoke.com/

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