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カイロは社会問題を学ぶ「最高の教科書」だ

交渉術はこの大学の必須科目だ カイロ流交渉術⑥

フセイン、アラファト、ガリ国連事務総長、ザワヒリ(アルカイダ指導者)、そして日本ではあの小池百合子氏を輩出したエジプトの名門カイロ大学。この大学で重視されるのは、何より交渉術。小池百合子氏の押しの強さもここで培われたのかもしれない。新書『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より、ベールに包まれたカイロ大学の秘密を紹介する。

ゴミ収集人に弟子入り

 筆者は、留学中しばしばこうした地区(注:カイロのスラム街)に通い、そこで知り合ったエジプト人と交流したり、アルバイトをさせてもらったりしました。最初に無法地帯に立ち入ったのはある日の夜明け前でした。連日の夜遊びに疲れ、いつもより早く午前2時ごろにクラブを出たとき、たまたま荷車をひくロバにのった少年が通りかかりました。荷車にはゴミが満載でした。どこへ行くのだろうと好奇心が湧いてきて、私は少年を呼び止めました。

夜のナイル川

「どこへ行くんだい?」

 少年は一言「ムカッタム」と答えると、そのまま行こうとしました。それを制して私はいいました。

「そこへ連れていってくれないか」

 少年は「いいよ」といいました。

 ムカッタムとはカイロの南東のはずれにある丘です。

 そこには大都市カイロのゴミ収集を生業とする人たちがかたまって住んでいる地区です。少年もその一人なのでしょう。いちど足を運んでみたいと思っていたので、そのままゴミの満載された荷車に飛びのりました。

 ロバのひく荷車は、カイロのダウンタウンから旧市街へとのろのろと進んでいきます。荷台からながめるカイロの光景は格別でした。ナポレオン遠征時の近代フランス、植民地下のイギリス様式の建物。中世イスラム帝国のファーティマ朝からトルコのマムルーク朝の建築物、エジプト独自のコプト・キリスト教の教会などを見ながら、やがて「死者の街」と呼ばれる墓地の広がる地区を通りぬけ、一時間ほどでムカッタムにたどりつきました。

ロバで移動するカイロのゴミ収集人

ゴミを収集する父子

 荷車を降り、少年にお礼にお金を渡そうとすると、彼は「ぼくは働いているから」といってかたくなに断りました。自動車学校の教官とは大違いです。

 私は感心して「それなら、君の仕事を教えてくれないか」といって、その10歳くらいの少年に弟子入りすることにしました。

死者の街

 少年はムカッタムに暮らすゴミ収集人の一人でした。ゴミ収集人のことをアラビア語で「ザッバール」といいます。ムカッタムに住むザッバールの数は二万人に達するといわれていました。住んでいるというより、ゴミの中に埋もれて生活しているといった方があたっているかもしれません。それから私は少年といっしょに荷車でゴミの収集を行う作業を手伝いました。

 その中でわかったことは、彼らがキリスト教徒で、アフリカ最大の都市であるカイロのゴミの大半を一手に収集し、処理していること。そしてそのゴミを餌にして豚を飼っていること、餌にならないプラスチックゴミなどはリサイクルしていることなどでした。

 豚の飼育はのちにカイロで新インフルエンザが流行した際、政府の介入で強制的に禁止されましたが、当時は、ゴミのあふれる家の敷地では大量の豚が飼われていました。

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浅川 芳裕

あさかわ よしひろ

1974年、山口県生まれ。ジャーナリスト。エジプトの私立カイロアメリカン大学中東研究学部(1992年から93年)、国立カイロ大学文学部セム語専科(1993から95年)で学ぶ。アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官(ドバイ、モロッコなど)、『農業経営者』副編集長などを経て、『農業ビジネス』編集長。著書はベストセラー『日本は世界5位の農業大国』(講談社+α新書)、『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)ほか多数。訳書に『国家を喰らう官僚たち―アメリカを乗っ取る新支配階級―』(新潮社)。中東・イスラム関連記事では『「イスラム国」指導者の歴史観』『なぜ増える? イスラム教への改宗』(いずれも『文藝春秋スペシャル』)などがある。


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