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転んでもタダでは起きない「カイロ流交渉術」

日本人が目を丸くするメンタリティ カイロ流交渉術④

現実と虚構を織り交ぜたやりとりを楽しむ文化がカイロには残っている。新書『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より、かの地で見た驚きの交渉術を紹介する。

これが日常、カイロの世界!!

 超満員のバスに乗っていたある日のことです。2人の車掌が体をねじり無理やり移動しながら、一人一人にチケットを売っています。その混雑の中で物売りの子供がガムなどのお菓子などを売りに来ます。バスを降りたら、私の靴紐が消えてなくなっていました。ハッとしてまわりを見回すと、すぐそばに露天商が路上に店を出していました。見ると、そこに見覚えのある靴紐があります。まぎれもない私の靴紐です。

1993年当時のバスの様子、この状態でも全員乗り込む

 バスに乗っていたときに子供の売り子が盗んで、露天商に売りつけたのでしょう。それにしてもなんというすばやさ。あっけにとられましたが、ここで「俺の靴紐を返せ!」といった野暮な主張は通じません。「知らない」といわれれば終わりだからです。

 そこで何げなく露天商に近づき、素知らぬ顔で買い戻そうとしました。ところが、露天商は私が所有者だと感づきました。ばつの悪い顔をするかと思いきや、そこはエジプト、逆に法外な値段をふっかけてきました。相手を不利な状況に追いやり、弱みに付け込むのは交渉の基本です。

 どうやって靴紐を取り返せばいいのか。これまでカイロで1年暮らした経験の生かしどころです。

 私は露天商にあいさつ代わりにこう声をかけました。

「私は日出る国・日本の貧しい農村から歩いて、〝世界の母〟にたった今、たどりついたところです。貴国の7000年の偉大な歴史を学びにきました。アッラーよ、貴殿を寛大にしたまえ」

〝世界の母〟とはカイロの別称です。アラビア語で「ウンムッドゥニヤ」といい、アラビアンナイトの一節「カイロを見たことがない人は、世界を見たことがない。(中略)カイロは世界の母なのだから」に由来し、エジプト人の間でもよく使われる言い回しです。

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浅川 芳裕

あさかわ よしひろ

1974年、山口県生まれ。ジャーナリスト。エジプトの私立カイロアメリカン大学中東研究学部(1992年から93年)、国立カイロ大学文学部セム語専科(1993から95年)で学ぶ。アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官(ドバイ、モロッコなど)、『農業経営者』副編集長などを経て、『農業ビジネス』編集長。著書はベストセラー『日本は世界5位の農業大国』(講談社+α新書)、『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)ほか多数。訳書に『国家を喰らう官僚たち―アメリカを乗っ取る新支配階級―』(新潮社)。中東・イスラム関連記事では『「イスラム国」指導者の歴史観』『なぜ増える? イスラム教への改宗』(いずれも『文藝春秋スペシャル』)などがある。


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