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転んでもタダでは起きない「カイロ流交渉術」

日本人が目を丸くするメンタリティ カイロ流交渉術④

 くたくたの靴紐をしていた私に新品の靴紐を授け、歩みの苦しさを取りのぞいてくれたのは自分ではなく、神だというわけです。さすがカイロっ子、一枚上手です。

カイロに点在する露店や市場

 私も同じ言葉を露天商に返し、「神よ、私の古びた紐が別の旅人の足元を楽にしたまえ」と願をかけました。

 路上で実践した、カイロ流交渉術はたんに駆け引き上手になる方法ではありません。自分の思考の軸や世界観がどこにあるのか、その根本と多様性に気づかせてくれます。それは、交渉相手を通じて、自分を取り巻く世界について自分の言葉と演技で伝え、相手の異質な、ときとして邪悪な世界観も分かち合う過程で初めて気づくものです。

 ただカイロの日々の交渉で直面する緊張感とストレスは並大抵のことではありません。長年の路上での演技に疲れたカイロっ子たちは、若くして老けます。平均健康寿命は62歳(日本は74歳、『WHO調査』2015年)です。

 ストレスを解消するいちばんは甘いモノです。紅茶に入れる砂糖は5杯ぐらいが標準です。エジプトならではのカフェのメニューに「スッカル・ジヤーダ(白砂糖増量)」というのがあります。これは「過飽和(スプーンでしっかり混ぜても、砂糖が溶けきらないで残る状態)の砂糖を入れたお茶・コーヒー」という意味です。

 ティータイムは、紅茶という溶液に砂糖の粒子が無数に浮いた状態を眺めながら、飲み干すのがカイロ流です。少し甘さを控えめにするには「マスブート」を頼むといいでしょう。「(飽和点)きっかり」の砂糖の量が楽しめます。

 このような有様ですから、エジプト人の砂糖消費量は日本人の3倍近くにもなります(国連FAO統計)。ダイエットとは無縁の世界です。「太りすぎか肥満が人口の7割におよび、人口の11%が糖尿病でなくなります」(『世界の疫病負担研究』)。

 それでも砂糖は庶民の生きる源です。とくに貧困層は砂糖をはじめ、基本食料の配給を受けています。ただ配給量は限られており、砂糖の値段があがれば、暴動騒ぎになることもあります。

『“闘争と平和”の混乱 カイロ大学』より構成)

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浅川 芳裕

あさかわ よしひろ

1974年、山口県生まれ。ジャーナリスト。エジプトの私立カイロアメリカン大学中東研究学部(1992年から93年)、国立カイロ大学文学部セム語専科(1993から95年)で学ぶ。アラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東市場専門官(ドバイ、モロッコなど)、『農業経営者』副編集長などを経て、『農業ビジネス』編集長。著書はベストセラー『日本は世界5位の農業大国』(講談社+α新書)、『ドナルド・トランプ 黒の説得術』(東京堂出版)ほか多数。訳書に『国家を喰らう官僚たち―アメリカを乗っ取る新支配階級―』(新潮社)。中東・イスラム関連記事では『「イスラム国」指導者の歴史観』『なぜ増える? イスラム教への改宗』(いずれも『文藝春秋スペシャル』)などがある。


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