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森博嗣が指摘する「まとめ」サイト、そこにある痛さ。

森博嗣 道なき未知 〈第32回〉まとめるな、まとまるな

まとまりたがる人たち

 なにかというと、集まりたがる人も沢山いる。本来、人が集まるのは、一人ではできないようなプロジェクトに挑むことが目的だっただろう。個人の能力には限界がある。だから、力を合わせて大きなものを作ってきた。人間社会の基本的かつ代表的な方針の一つといえる。
 しかし、今日、それらはほとんどの仕事に既に取り込まれている。一方で、たとえば、伝統的な祭りなどは、何のための集いなのかは曖昧になりつつある。五穀豊穣を祈っていても、誰も本当に効果があるとは信じていないだろう(稀に信じている人もいるとは思うけれど)。
 忘年会や新年会の類も、目的は不明である(酒が飲みたいならば、一人で飲めば良い)。なんとなく自分たちが勢力を持っていると錯覚したいだけの気分イベントといえる。
 そういった集会が好きな人は、出席しない人を仲間外れだと思い、「あいつは寂しい奴だ」と非難するかもしれない。逆に、集会が嫌いな人は、「馬鹿が集まっている」くらいにしか思っていない。以前は、前者が多数派だったが、この頃は、少数派が伸びている気もする。いかがだろうか。あなたはどちら?
 いずれにしても、自分の派が正しいと思い込むことが馬鹿である。どちらでも良い。集まりたければ集まれば良いし、集まりたくなければ一人で楽しめば良い。否、一人とは限らない、二人もありか……。
 大事なことは、反対派のことを意識しすぎないことだろう。相手を非難しないと自分たちのアイデンティティが確保できないというのは、それこそ非常に危うい状況といえる。声を上げて、「○○反対!」と叫んでいる人たちは、その声の大きさだけ、自分たちの立場が危ういことに危機感を抱いている。だから、叫ばざるをえないのだ。
 たとえ少数派であっても、自分の信じる道が正しいと思う人は、叫ぶことはないし、相手を非難することもない。その必要がないからだ。

年末年始ですが、なにか?

 森家では、特になにもしない。初詣などしたことがない。
 僕は神様の能力を信じているので、わざわざ出かけていかなくても、こちらの事情も願いも、すべてお見通しだと認識しているからだ。
 また、神様を信じているから、厄年だろうが、災いがあろうが、不信心で罰が当たったとも考えないから、一切の儀式をしない。年末年始に仕事を休んだことは一度もない。神様は常に我とともにある。

外は氷点下10℃以下だが、室内は床暖房のため常時20℃。このバスはラジコンで、家の中を走り回っている。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』など著書多数。


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  • 2017.11.16