『真田丸』ファン来訪必至! 真田一族の誇りと栄光を象徴 上田城へ |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

『真田丸』ファン来訪必至! 真田一族の誇りと栄光を象徴 上田城へ

真田一族巡礼の旅 第4回

街全体が「真田テーマパーク」といえるほど、真田に関する名所やイベントが目白押しの上田市。
真田昌幸の上田城築城から息子・信之が松代移風となるまで、真田家が上田城を治めたのはわずか40年ほどだが、城主が変わっても人々の真田家への敬慕の念は変わることはなかった。
その観光のメインはなんといっても上田城。真田石、真田神社など見どころ満載だ。

 上田城跡―徳川軍を2度打ち破った伝説の城

 

1583 年(天正11)に昌幸が築城。もともとは北の上杉家に抗するため築きはじめた城で、当時昌幸は徳川家康を主家とし、家康から築城資金を援助されていた。しかしそのさなか、家康は泥沼化していた北条氏直との争いの和睦条件として、昌幸に「沼田を氏直へ返還せよ」と命じる。これに対し昌幸は「沼田は我々の力で取り戻した土地。返還するいわれなどない」と、あっさりと主命を拒絶。上杉家へ、次男の弁べ ん丸ま る(信繁)を人質に送ってその傘下に入り、徳川へ反旗を翻ひるがえしたのだった。

そして徳川に代わり上杉の支援を受けた上田城は2年後の1585 年(天正13)に完成するに至り、徳川の大軍を2度にわたって散々に打ち負かすのである。

千曲川沿岸にそびえ、春には桜に美しく彩られる上田城。現在は埋め立てられているが、南側は千曲川の湿地帯で尼ヶ淵とよばれる断崖絶壁だった。現在でも駐車場からその威容を仰ぐことができる。櫓や石垣のほとんどは仙谷家の修復によるものだが、地形を活かした堅固な縄張は築城当時からほぼ変わらない。城の中には真田一族を主祭神とした真田神社があり、不落の城にあやかって必勝・合格の祈願に訪れる学生がひきもきらない。

 

 

 

ココは見たい! 上田城見どころガイド

 

真田神社
昌幸・信之・信繁を祀る。上田城が落城しなかったことから、合格祈願のご利益があるとも

信繁の兜
真田神社のそばに鎮座する巨大な赤い兜のオブジェ

真田井戸
本丸唯一の井戸。抜け穴となり、藩主居館や周囲の砦とつながっているという伝説が残る

真田石
大手門の脇にある高さ2.5mの大石。信之が松代城に移そうとしたがびくともしなかったという
 

南側の断崖(尼ヶ淵)
かつては千曲川に接していた尼ヶ淵と呼ばれる断崖。上田城を難攻不落たらしめる。

東虎口檜門と北檜・南檜上田城の顔というべき門と櫓。城外に移築されていた檜が戻り、1944年に門が復元された

 

住所:長野県上田市二の丸
アクセス:JR上田駅より徒歩約15分 JR上田駅よりバス、上田市街地循環バス赤運行(あかバス)「公園前」下車、徒歩すぐ
開閉時間:日中は随時。櫓門は8時30分~17時
休日:櫓門は毎週水曜

 

オススメ記事

かみゆ歴史編集部

ポップな媒体から専門書まで、歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体やサイトを一生懸命つくっている編集部。ジャンルは戦国、幕末を中心に古今東西を問わず、アート、カルチャー、宗教・神話、観光ガイドなどを幅広く手掛ける。おもな編集制作物に『戦国武将パノラマ大図鑑』(ポプラ社)、『戦国武将イラスト名鑑』、『幕末志士イラスト名鑑』(ともに学研パブリッシング)、『つぶやき戦国武将 天下統一なう』、『新選組巡礼の旅』(どちらもアスキー・メディアワークス)、『日本の山城100名城』、『春秋戦国500年の興亡』(どちらも洋泉社)、『廃城をゆく』シリーズ(イカロス出版)など。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

~昌幸×信之×信繁がご案内~ 真田一族巡礼の旅ガイド (ワニの本)
~昌幸×信之×信繁がご案内~ 真田一族巡礼の旅ガイド (ワニの本)
  • かみゆ歴史編集部
  • 2015.12.18