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森博嗣 道なき未知「楽しさの利子は馬鹿にならない」

「甲斐」VS「やすい」


森博嗣の新刊『道なき未知』が評判だ。例えば氏はこう説く。「苦労はしたくない、生きやすい人生で良い、楽しければそれで良い、とだらだらと日々を過ごしていると、いずれは手詰まりになる」。その理由とは? 本書より「甲斐VSやすい」を紹介。

 

 

【道なき未知~「甲斐」VS「やすい」】

 

■苦労か安易か、どちら?

 「やり甲斐」とか「生き甲斐」とか、近頃では深く考えもせず、綺麗に響くだけの理由でこれらの言葉が使われているようである。もともとは、苦労や苦難に耐えただけの見返りがあった、という意味で用いる言葉であって、やることが楽しい、生きることが面白い、というシンプルな意味では全然ない。むしろその逆なのだ。大人たちが、無意識に綺麗事を繰り返すから、今の若者は、きっとそこを誤解しているだろう。
 九割の苦しみのあとに一割のリターンがあったときに、「甲斐があった」と言う。ようするに、本来は「抵抗感」みたいなものを強調して表現する言葉なのである。
 たとえば、「食べ甲斐がある」といえば、量が多くて食べるのに苦労する、という意味だ。「食べやすい」ではなく、「食べにくい」に近い。したがって、「やり甲斐」と「生き甲斐」は、「やりにくさ」「生きにくさ」に近い意味だから、みんなが探し求めている青い鳥のドリームでは全然ない。
 なにしろこの頃は、料理を褒めるのに、「食べやすい」と言ったりする。「へえ、そうなのか。食べやすいことは良いことなのか」と僕はびっくりする。それ以前に、料理を褒める言葉が、「美味しい」「やわらかい」「ジューシィ」の三つしかなくて、もう少しボキャブラリィを蓄積してからレポートしてほしい、と常々感じているところだ。
 類推するに、今風にいえば、仕事は「やりやすい」方が、人生は「生きやすい」方が断然グッドなのである。そう思っている人たちが大半だろう。それなのに、無理に「やり甲斐」とか「生き甲斐」なんて見つけようとするから、自己矛盾に陥ってしまう。矛盾している点が、わかりますか?
 少なくともどちらかに決めた方が良い。少々苦労をしたいのか、いや全然苦労はご免だというのか。はたしてあなたはどちら?

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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