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“自主的な残業”を強いられる教員〜校舎の清掃は誰の役割なのか?〜

第28回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-


■「子どものために」「自主的に」は本当か?

 ウイルス対策による教室の清掃は教員の自主性に任せるべき業務ではなく、必須である。しかし、子どもたちを迎えるために、教員が自主的に教室の清掃に取り組む姿は、美談としてマスコミが報じたりもしている。そうなれば、教員はなおさら「自主的」に教室の掃除に取り組まなければならないところに追い込まれていく可能性が高い

 日本では、教室の掃除は学びも含めた子どもたちの役割になっている。学校が再開されれば、子どもたちによる教室の清掃も復活するのだろうか。そうであれば、教室の掃除は教員の手を離れるかもしれない。
しかし、小学校でも7時間授業が現実のものになる可能性が高くなるなかで、子どもたちを学校に留めておくのはできるだけ短くという配慮がされるかもしれない。子どもたちに消毒液を使わせるのは問題があるとの声が上がるかもしれない。

 そうなると、おそらく教員の「自主性」が頼られることになる。7時間授業と補修を行い、子どもたちが帰ったあとには「自主的に清掃・消毒すること」が期待されるのだろう。給特法によって教員の残業代は基本的にゼロであるため、清掃業務が生じても残業代は支払われない。国や学校が負担するのは消毒液であり、教員が働いた分の人件費は不必要なのだから、これほど安上がりなことはない。

 補正予算で清掃者の人件費が考慮されていないのも、そもそも外注委託という発想がまったく含まれていないのも、教員の「自主性」が期待されているからにほかならない。

 もちろん、学校再開後の教員の仕事は清掃だけではない。休校中の遅れを取り戻すための授業時間確保のために、それこそ目の回るような対応を教員は迫られることになるだろう。当然、新型コロナの感染予防にも、細心の注意を払うことで気力と体力を奪われることになる。夏休み短縮が既定路線となりつつある中で真夏の授業となれば、子どもたちが熱中症にならないように気配りしなければならない。

 ある小学校の教員が、「給特法を一時解除して残業代を払うようにしてくれないものかな」と冗談っぽくこぼした。もちろん、それがあり得ないことなのは、彼は百も承知だ。

 「非常事態なのだから仕方ないだろう」という声も聞こえてきそうだ。しかし、たしかに非常時ではあるが、教員にも気力と体力に限界がある

 教員の「自主的」ばかりを頼りにしてはならない。補正予算には6万1200人の学習指導員を全国の学校に配置することにはなっているが、予算確保と、人員確保は別問題である。
しかも、全国には、公立小学校だけで約2万校、公立中学校が9万5000校近くある。予算いっぱいの人員を確保できたとしても、それだけで足りるかどうかは疑問だし、集めた人員が戦力となるのかどうか不確定要素が多い。

 しかし、教員たちの現状を鑑みれば、それでも、やったほうがいいのは明らかだ。

 補正予算での策ですべてが解決するわけではない。そうなると、やはり教員の「自主的」がますます求められていくことになるのは想像に難くない。そして、過重労働問題は、より深刻化する可能性が高い。
新型コロナを、教員の「自主的」に頼りすぎる状況改善のきっかけにできないものだろうか。

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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