金正恩は幸せなのか? 『国家』から読み解く独裁者と正義 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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金正恩は幸せなのか? 『国家』から読み解く独裁者と正義

プラトンの正義から考える現代の独裁者の危険性

■欲望に従って利益を得る人と欲望を制御し利益を得られない人

 国家の構成と同じように、一人の人間の魂もまた、欲望を追求する部分、自分を守るために戦おうとする部分、自分を制御しようとする理性的な部分という三つに分かれていて、それぞれが国家の商人、戦士、統治者の部分に対応している。そして理性が国家における統治者のように魂全体を制御して秩序のある状態に保つこと、欲望や蛮勇によって魂が支配されないことが正義であり、「正しい生き方」をする人の魂の状態となる。 

 たしかに、理性ではなく欲望に従って不正を行うような人のほうが、利益を多く得ることもあるだろう。だが、欲望とは果てしないものであり、一度何かを得たとしてもさらに別の何かを欲してしまうこととなる。その新たな欲望を満たすために、さらなる不正を行っても、また新たな欲望が生まれてしまう。欲望が魂を支配する人は、いつまで経っても満たされない生き方をしなければならない。
 また、大きな利益を得るためには、一人よりも複数の人で力を合わせる必要がある。だが、不正を行う者がいくら集まっても、お互いがお互いを信じるのは難しいだろう。いつ誰が裏切り、寝首をかかれるかわからないからだ。

 不正を行う独裁者は、まさにこのような生き方をせざるを得ない。どれだけ莫大な財産を一人で独占したとしても、いつまでも欲望が満たされることはないため、さらに不正を行い財産を手に入れようとする。しかし、不正を続けていれば、いつかは自分も他の者の不正を被るようになるかもしれない。
 それ故、独裁者はいつも周囲の裏切りに怯え続けることとなる。そして、猜疑心から逃れられずに、身内や側近であっても粛清してしまうだろう。だが、歴史上の多くの独裁者がそうであったように、いずれは自身も他の者の不正によって悲劇的な最期を遂げるという運命に囚われるのである。

 果たして、このような不正な生き方をする人が、本当に幸せだと言えるのだろうか。 

 一方で、正義に従って正しい生き方をする人は、たしかに小さな利益しか得られないことも多いだろう。だが、哲人王ほどではなくとも、理性が魂を支配し、欲望を制御できているのであれば、たとえ多くの財産を得られずとも、魂の秩序が取れていること自体が幸せに感じられるようになるのではないだろうか。
 つまり、正義に従い、正しく生きることは幸せな生き方なのだと、ソクラテスは論じたのである。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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