【出家した直虎はなぜ、尼ではなく僧だったのか?】 | BEST T!MESコラム

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出家した直虎はなぜ、尼ではなく僧だったのか?

女? それとも男? 2017年大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公、井伊直虎とは? 

女? それとも男? 2017年大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公、井伊直虎とは? 『女直虎が救った井伊家 (ベスト新書)』の著者・楠戸義昭氏は、直虎が僧にならざるを得なかった事情を次のように書いている。

許婚の裏切り、ついに出家の道へ

 謀反の疑いがかけられ、今川家に忙殺された父のせいで、自分も命を狙われることになった亀之丞の伊那谷滞在は一年過ぎ、二年が経ち、三年になる。無事であることは分かっていても、手紙のやり取りは禁止されているため、許婚である直虎を不安にさせた。

 何しろ直虎はただ待つことしかできなかった。それが日々どれだけ神経をすり減らすことになったことか。彼女は無口になり、時にイラついた。そんな時、侍女と庭に出て、剣を振るい、長刀をかざして汗を流した。また馬で山野を駆け廻り、時に浜名湖の水辺まで疾走して、鬱々とした心を晴らした。

 伊那谷の亀之丞は思春期を迎えた。直虎が井伊谷で待っていた。だが城内や城下で見かける女性に心がときめいてしまう。

 松岡氏やその家臣の息子たちとの交流も深まって、異性の話で盛り上がることもあった。そんな亀之丞の心を気遣い、寺を出て城内に住むように勧めたのは果たして誰だったのであろうか。城主貞利かも知れないし、その重臣だったかもしれない。ともに身を隠す藤七郎だったかもしれない。

 二人は松源寺を出て、刺客に狙われる恐れのない城内の屋敷を与えられて住んだ。当然身の回りの世話をする女がつけられた。

 

 亀之丞の子を宿した女が身の回りの世話をしていた女か、現地妻として松岡氏が世話した女かは不明である。

 しかし亀之丞は間違えなく一人の伊那の女を愛した。島田村(現在の飯田市松尾) の代官・塩沢氏の女だった。

 『寛政重修諸家譜』では、直親(亀之丞) の子供は二人になっており、直政より前に、「女子 母は某氏。家臣川手主水良則が妻」とある。この「女子」こそが塩沢の女が産んだ子供である。

 

 南渓和尚が、亀之丞が現地妻を持って子供まで産ませたことを知ったのは、いつだったのか分からない。まして直虎がそれを知るのは、かなり経ってからであろう。

 

 何も知らず直虎はただ待ち続けた。当時の女性は十三歳から十五歳くらいまでに結婚するのが普通だった。亀之丞に不運がなかったら、直虎もその結婚適齢期に添い遂げているはずである。だが時だけがただ無情に直虎の上を通りすぎ、五年が経ち、何の変化もなく、七年、八年が過ぎた。

 

 さすがに直虎ももうこの結婚は駄目かも知れないと思い、亀之丞はすでに他郷で死んでしまったのではないかと、考えるようにもなっていた。

 

 直虎は亀之丞が帰還できない事情も分かっていた。直満・直義兄弟を葬って以降、井伊家における小野和泉守の力は強くなり、何かあれば今川氏に密告され、どんな禍を招くか分からない。井伊家の一族は皆和泉守を恐れ、距離を置き、口をつぐんだ。こんな状況で亀之丞の帰国は不可能で、帰れば殺されるに決まっていた。彼の帰還は和泉守が死んででもくれなければ不可能であった。直虎はどうにもならない現状に溜息をつくしかなかった。

 

 そして噂が立つ。亀之丞が信州で無事にいるのを見た。また妻がいて、子供までいる。伊那に旅した者がそんな情報を運んできた。それが直虎の耳にまで届いてきた。

 

 直虎は食事も喉を通らないほどの衝撃を受けた。母もまた言葉を失った。「流言に決まっている」、父の直盛はそういって取り合わなかった。それでいて気になって南渓和尚を呼んで聞いた。

 

 南渓は困惑した表情をつくって、それは事実だと告げる。自分も衝撃を受けるとともに、この重大事をどう切り出そうか思案していたところだったといった。

 

 直盛夫婦は事実だと知り、どう直虎に切り出すか思案の末、やはり事実を伝えることにした。

 

 彼女はすでに二十歳という節目を迎えていた。この年齢になって独身の女性は当時はほとんどいなかった。

 

 直虎は年齢的な焦りと、裏切られたというやるかたない気持ちに打ちのめされる。そんな中で歩いて十五分(約九百メートル) ほどの距離にある龍潭寺を訪れるようになった。

 南渓和尚に亀之丞の消息を聞くためではない。先祖が眠る寺の本尊の前に正座して手を合わせ、瞑目して心を静め、また南渓やその弟子から法話を聞くためであった。

 すると心が軽くなり、気持ちが落ち着いた。亀之丞を想う心から解放され、まわりの自然が美しく目に入るようになった。

「尼になろう」

 自ずとそんな気持ちが湧き、その思いが瞬く間に大きくなった。

 心の動揺が収まったとはいえ、「私は亀之丞様とは違う。許婚となった以上、私はどこまでも操を守る」という意地が捨てきれなかったことは確かである。

直親が寺野八幡社に奉納した青葉の笛。4年に1度、閏年に1日だけ公開される。平成28年4月3日撮影。

 

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楠戸 義昭

くすど よしあき

1940年和歌山県生まれ。立教大学社会学部を卒業後、毎日新聞社に入社。学芸部編集員を経て歴史作家に。著書に『戦国武将名言録』『この一冊でよくわかる!女城主・井伊直虎』(以上PHP文庫)、『吉田松陰「人を動かす天才」の言葉』『坂本龍馬の手紙 歴史を変えた「この一行」』(以上三笠書房・知的生きかた文庫)、『山本八重』『文、花の生涯』『井伊直虎と戦国の女城主たち』(以上河出文庫)ほか多数。


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