【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?「日本政府が国際政治を全く理解していない」と分かる理由【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?「日本政府が国際政治を全く理解していない」と分かる理由【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第4回】

高市とトランプ

 

6.MAGAトランプ政権と“戦略的曖昧さ”

 

 しかしMAGAトランプ政権成立後に『フォーリン・アフェアーズ』5月号に掲載された「東アジアと台湾を捉え直す―― 中国のアジア覇権を阻むには」、7月号に掲載された「台湾侵攻を阻む抑止力の強化を―― 軍事・外交・経済の適切なバランスを」はそれぞれ「アジアにおけるアメリカの利益を台湾の運命と切り離す必要がある。台湾防衛へのコミットメントを明確にするのではなく、曖昧な姿勢を維持し、台湾が北京に支配されないようにすることの重要性を引き下げるべきだ」、「アメリカは戦略の強化を公に発表したり、大げさに取り上げたりすべきではない。北京を安心させることも、抑止戦略を成功させる重要な要素だ。しかし(第1次)トランプ政権もバイデン政権も、長年維持してきた(ワシントンが台湾防衛に介入するかどうか、その条件が何かを意図的に曖昧にする)「戦略的曖昧さ」を緩めてきた」と戦略的曖昧さを維持すべきであると述べている[14]

 カバナー(ジョージタウン大学 安全保障研究センター教授カバナー)、ワートハイム(カーネギー国際平和財団アメリカ政治プログラムシニアフェロー)が述べる通り

「台湾はアメリカにとって重要だが、中国との戦争を正当化するほどの価値はない」[15]

 Victor Ferguson(一橋大学講師) & Audrye Wong(南カリフォルニア大学助教)による2025年12月1日付の『ザ・ウォールストリート・ジャーナル』(日本語版)の記事「中国の対日「制裁」 経済的威圧が復活 正式な制裁ではなく渡航自粛勧告や輸入停止を駆使」は、高市発言撤回を求めて、中国は日本に対して、アメリカを真似た反外国制裁や輸出規制を強めているが、非公式で曖昧であることを特徴とする。この“戦略的曖昧さ”は「曖昧な方策は評判への悪影響をより小さくする。中国は西側諸国による一方的な制裁を長年批判してきており、否認可能な圧力は、自らに対する「偽善」との批判を最小化するのに役立つ。曖昧さはまた、国際的な貿易ルールに明確に違反することによって生じ得る、法的および外交上の異議申し立てのリスクを低減させる」ということである。同記事は高市が中国政府による発言の撤回の要求に屈すれば国内で政治的に大きな代償を払うことになり、日本でも中国でも世論の圧力が緊張緩和を難しくしており公の場での一つの出来事が幅広い対立に発展するリスクが高まっている、と指摘する。

 “戦略的曖昧さ”が訳として一番多く使われているので、本稿では一応この語を多用しているが、個人的には日本語としては「曖昧戦略」がすっきりしているように感じる。要は相手に言質を与えずにのらりくらりと言い逃れて時間を稼ぐ「戦略」で、理論的に把握していなくても、古今東西通文化的に子供から大人まで日常的に用いている言語コミュニケーションの形態の一つであり、勿体ぶって術語化しなくても、「暗黙知」としては誰もが知っているはずの現象である。

 しかしそれが法律言語ゲーム、特にアナーキーとも言われる国際関係、国際法では、全てがポジショントークであり、報道やSNSの「世論」に接する限りでは、その言葉遣いに慣れない者にはそれぞれの立場の論者たちの意図と国際関係におけるさまざまな国家主体、非国家主体、国際組織、運動体などの様々なプレーヤー、アクターの政策決定者たちの間での標準的共通理解を知ることが一般読者には困難なようである。長字数を割いて“戦略的曖昧さ”を詳述した所以である[16]。 

 “敵国条項”が持ち出された意味を説明するために、回り道をして“戦略的曖昧さ”の解説をしてきたわけであるが、要言するならば、12月1日付の『ウォールストリート・ジャーナル』の記事が「公の場での一つの出来事が幅広い対立に発展するリスクが高まっている」と指摘している通り、アメリカの半世紀以上にわたる台湾政策の“戦略的曖昧さ”の経緯と意味に無知な高市の不用意な発言が、国内事情から引くに引けなくなり、関係諸国を巻き込んで大きな対立を引き起こした、ということに尽きる。

 


[14] ジェニファー・キャバナー(Jennifer Kavanagh)、スティーブン・ワートハイム(Stephen Werthheim)「東アジアと台湾を捉え直す―― 中国のアジア覇権を阻むには」『フォーリン・アフェアーズ』(2025年5月)、オリアナ・スカイラー・マストロ(Oriana Skylar Mastro)、ブランドン・ヨーダー(Brandon Yoder)、「台湾侵攻を阻む抑止力の強化を―― 軍事・外交・経済の適切なバランスを」『フォーリン・アフェアーズ』2025年7月参照。    

[15] 台湾を「先進的な民主主義であるだけでなく経済、安全保障における死活的なパートナー」と呼んだ2021年3月にバイデン政権が発表した「国家安全保障戦略指針(暫定版)」を承けて、台湾に従来の戦略的重要性に加えて、①民主化が定着した台湾が世界的に見ても民主主義のモデルケースとなった、②半導体関連企業、電子機器受託生産企業の成長により台湾経済が世界のサプライチェーンにとってチョークポイントとなった、などと言われたが、MAGAトランプ政権の成立により「民主主義のモデルケース」といったナラティブはすっかり色褪せた。また経済的重要性についても、台湾が世界の最先端半導体の約90%を生産しているが、台湾の半導体は欧米製の部品と知財なしではやっていけず、アメリカはすでに国内に半導体製造工場を建設することで、台湾半導体へのアクセスを失う可能性に備えており、試算ではアメリカは2032年までに世界の先端半導体の28%を生産する軌道にあり、中国が台湾を支配しても、東アジアの価値ある経済市場へのアクセスをアメリカが失うと危惧すべき理由はほとんどない。「東アジアと台湾を捉え直す」『フォーリン・アフェアーズ』(2025年5月)参照。

[16] “戦略的曖昧さ”の会社などの民間の組織、団体における日常的な使用については、前記の“Strategic ambiguity: a systematic review, a typology and a dynamic capability view”, Management Decision, Volume63参照。国際法のアナーキー的性格については、ヘドリー・ブル [著] 臼杵英一訳『国際社会論 : アナーキカル・ソサイエティ』岩波書店(2000年2月)参照。

次のページ高市の「台湾有事存立危機事態」発言はトランプの意に沿うものであった

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民主主義国家の政治をいかに動かし統治すべきか?

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「日本は、国論分裂のままにいたずらに時間を食い、国家意志の決定と表明のタイミングの悪さや宣伝下手が災いし、結果的には世界トップ級の経済的貢献をし、汗も流したにもかかわらず、名誉を失うこととなった。

 納税者としては政治の要領の悪さがもどかしく悔しいかぎりである。

 私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。

 (中略)

 そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。

 「日本の政治に足りないものはなんだろう?」情報収集力? 国会の合議能力? 内閣の利害調整能力?  首相のメディア・アピール能力?  国民の権利を保証するマトモな選挙?  国民の参政意識やそれを育む教育制度?

 課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。

 (中略)

 本書では、行政府であるホワイトハウスにスポットを当てて同じテーマを追及した。「世界一強い男」が作られていく課程である大統領選挙の様子を描写することによって、大統領になりたい男や大統領になれた男たちの人間としての顔やフッーの国民が寄ってたかって国家の頂点に押し上げていく様をお伝えできるものになったと思う。 I hope you enjoy my book.」

(「はじめに」より抜粋)

 

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ALL ABOUT THE U.S. PRESIDENTIAL POWER

How much do you know about the worlds’s most powerful person―the President of the United States of America? This is the way how he wins the Presidential election, and how he rules the White House, his mother country, and the World.

<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

 

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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