【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?「日本政府が国際政治を全く理解していない」と分かる理由【中田考】
《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第4回】

7.トランプ・習会談
国際関係、外交における“戦略的曖昧さ”を理解するなら、2025年11月27日付の『同紙』のLingling Wei(中国主任特派員)& Brian Schwartz(記者)& Meridith McGraw(ホワイトハウス担当記者)& Jason Douglas(東京支局長)による記事「トランプ氏、台湾巡り日本に抑制求める 習氏と会談後 日本の当局者はトランプ氏のメッセージに懸念を示す」の《トランプ氏が習氏との関係を築こうとする中、高市氏はトランプ氏にとって悪いタイミングで習氏を怒らせる形となった》《トランプ氏は高市氏との電話会談の中で、台湾に関する発言のトーンを和らげるよう提案したと、事情に詳しい米国の関係者は述べた。トランプ氏は高市氏の国内政治的制約について事前に説明を受けており、中国政府を怒らせた発言を完全に撤回することはできないと認識していたという》《習氏にとっては台湾が最優先事項だった。
伝統的な“戦略的曖昧さ”から逸脱したバイデン政権と比べると、MAGAトランプ政権の“台湾政策”がまた“曖昧”になったのは「事実」であるが、そもそもそれがキッシンジャーが練り上げ半世紀以上に亘って維持されてきた“戦略的曖昧さ”と同じものであるかどうかは実は疑わしい。
元外交官で評論家の宮家邦彦も前述の論考の中で《台湾有事の際の米国の行動の有無およびその態様は、日本の国家安全保障を左右する重要な要素》でありトランプが《この問題の微妙かつ流動的な本質を正確に理解するか否かは将来のインド太平洋地域の同盟ネットワークの将来を左右しかねない大問題》とした上で《こんなややこしい説明をトランプ氏は理解できるだろうか》と率直に述べている。それは『ザ・ウォールストリート・ジャーナル』紙も同じで、トランプが《ただひたすら短期的な取引に集中していることを受け、ロシアと中国は、両国が長年抱いてきた目標に向けて前進する好機が訪れたと考えている》と批判し、トランプが高市の前に習近平と電話会談を行ったのは《米中関係の最近の機運を維持し貿易に関する合意の可能性を高く保ちたいという願望の表れと解釈できる》との中国研究者の分析を紹介している。
アメリカのエスタブリッシュメントの言語ゲーム、行動様式を「ディープステート」の名で一刀両断、全否定し、アメリカだけでなく19世紀以来の欧米の覇権を根本的に組み直そうとしている“ルールチェンジャー”のMAGAトランプの行動を理解するためには既存の近代西欧の「リベラル・デモクラシー」の価値観を自明の前提とする国際関係論、国際法学などの「理論枠組み」はむしろ理解の妨げになる場合があり、まさにそのことが筆者が専門外の国際政治の短期・中期分析の《時評》の執筆を敢えて引き受けた理由でもある。
2025年12月3日にトランプはアメリカの『フォックス・ニュース』で「日本を名指ししないし、韓国の名前をあげるのも拒むが、アメリカの同盟国たちは長年にわたって合衆国を搾取してきた」と述べている。これは同盟国は防衛費を増やせとの、トランプのNATOや台湾、フィリピンなどに対する発言とも平仄があっており、また『フォーリン・アフェアーズ』誌の論説の提言とも一致する。
高市は2025年度補正予算で約1.1兆円を追加計上して総額約11兆円とし、岸田政権が掲げた2027年度までに防衛関係経費をGDP費2%まで増額するとの目標を2年前倒しで実現した。11月に発表された『アメリカ合衆国国家安全保障戦略』に明記された「トランプ大統領が日本と韓国に対して一層の負担分担を求めている現状を踏まえ、これらの国々が防衛費を増額しとりわけ抑止や第一列島線(First Island Chain:東シナ海、台湾海峡、南シナ海を外側から囲む日本列島/沖縄/台湾/フィリピン/ボルネオを南北に連ねる弧状の島嶼群)の防衛に不可欠な新たな能力も含めた軍事的諸能力の強化に重点を置くよう働きかけなければならない」[17]との提言を踏まえ、極右対中タカ派軍国主義として知られる高市はトランプの国防費増額要求も利用し、中国の軍拡、台湾海峡の緊張を口実に軍拡に踏み切った。
しかし軍拡は軍拡競争を招き、それに勝てるとの保証はない。マストロとヨーダー(「台湾侵攻を阻む抑止力の強化を」
トランプの国家安全保障戦略の特徴はトランプ付論モンロー主義であり、一言で言うと、アメリカ大陸の外で起きることは、すべてアメリカを中核とするアメリカの利益のための手段であるということである。
バイデン政権と比べトランプ政権は中国を守るべき国際秩序を脅かす敵ではなく経済的トラブルの相手とみなしており、中国が軍事的脅威であるとしてもアメリカ軍だけで対抗する必要はなく、むしろ日本をはじめとするインド太平洋の同盟国が集団防衛のための支出を増やし行動を大幅に増やすべきだと述べる[18]。その含意するところは、台湾の防衛の目的は民主的価値は言うまでもなく台湾そのものや第一列島線でさえもない。第一列島線もアメリカの通商に支障がなければ特別な意味はない。
トランプはアメリカが単独で中国を倒せるとも倒すべきだとも考えていない。台湾防衛の目的は、台湾問題で中国に軍事、経済、外交、文化的負担をかけ消耗させることであり、出来る限り台湾や日本などの同盟国に肩代わりさせることが望ましい。アメリカは単独で中国と軍拡競争を戦い抜く経済力はないが、NATO諸国とアジアの同盟国を巻き込めば勝算があり、同盟国が軍備増強のために米国製武器を買い米軍の駐屯費を払ってくれれば一石二鳥との合理的な打算である。
最も望ましいのは、ウクライナがロシアを消耗させる代理戦争の場になっているように、台湾を中国を消耗させる代理戦争の場としてアメリカは台湾の後方支援に徹し直接の軍事衝突はアジアの同盟国に任せることである。高市の「台湾有事存立危機事態」発言はその意味でトランプの意に沿うものであり、トランプが習との会談を受けて高市に電話をしたのはアメリカとしては事態の収拾に努めたが日本が聞き入れなかったのでエスカレーションの責任は日本にあるとのアリバイ作りとも考えられる。
トランプ付論モンロー主義『国家安全保障戦略』は、軍事戦略において極めて合理的・打算的であるばかりでなく、西欧的価値観を他文明圏に押し付けることの放棄を公式に認めたことにおいて、19世紀以来の西洋の覇権主義の歴史の中で画期的なものである。そしてそのことの意味は「ポストコロニアル国家批判理論」を参照することではじめて明らかになるが[19]、与えられた字数は既に尽きている。「ポストコロニアル国家批判理論」を援用して“敵国条項”該当国であることの“帝国日本”の意義を明らかにすることは次回の課題としたい。
注 [17] National Security Strategy of the United States of America, The White House, Washington, November 2025, p.24.軍事評論家の小西誠は2022年のバイデン政権下の「国家安全保障戦略」(NSS)は、同年12月の日本の「国家安全保障戦略」(NSS)「国家防衛戦略」(NDS)など安保関連3文書で「敵基地攻撃能力」を軸とする自衛隊の大増強(軍事費2%)を促したが、今回のアメリカの「国家安全保障戦略」は台湾介入を想定してGDP比3・5%かそれ以上の日本の超軍拡の動きを加速させると予想している。小西誠「2025年米国国家安全保障戦略(全文)・補注2025/12/5」2025年12月6日付『note』参照。 [18] フォーサイト編集部「モンロー主義のトランプ流「補論」で分断される中南米」2025年12月7日付『フォーサイト』参照。 [19] 中田考「台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない...高市首相はトランプに戦略的に利用される」2025年11月20日付『みんかぶマガジン』(有料プレミアム会員記事限定記事)
文:中田考
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私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。
(中略)
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(中略)
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(「はじめに」より抜粋)
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<著者略歴>
高市早苗(たかいち・さなえ)
1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙に奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年、第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長に女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。
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