【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?「日本政府が国際政治を全く理解していない」と分かる理由【中田考】
《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第4回】
4.戦略的曖昧さ
外交には「戦略的曖昧さ」という概念が存在する。実際には数百発の核兵器を保有しているイスラエルが核兵器を持っているとも持っていないとも明言しないことがその典型的な例として挙げられるが、アメリカの台湾支援もその一例である。ハーバード大学のアラステア・イアン・ジョンストン(Alastair Iain Johnston)教授らは米国の対台湾政策の「戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)」について以下のように述べている。
米国による台湾に対する「戦略的曖昧さ」とは、中国が台湾を攻撃した際に、米国がどのような軍事的・外交的支援を行うのかについて、その範囲や規模を意図的に明確にしない(あえて不明確にする)政策である。これにより、中国の指導者に対して、中国が台湾を攻撃した際の米国の対応に不確実性を持たせ、米国の対応に最悪のケースを想定させて紛争の抑止につなげる。また、台湾が米国の支援の範囲と規模に確信を持てなければ、台湾の独立への動きを抑止することにもつながる[4]。
アメリカは1913年に中華民国(国民党)政府を正式承認し、中華民国は国連創設時の安保理常任理事国であった。朝鮮戦争後、台湾海峡危機(1954年9月~)を受けてアメリカは、1954年12月に中国共産党政権(中華人民共和国)の軍事的脅威に対抗するために中華民国との軍事同盟条約(米華相互防衛条約)を締結していた(1955年3月3日発効)。
1971年のキッシンジャー秘密訪中を経て、1972年のニクソン訪中で共同コミュニケ(上海コミュニケ)[5]が発表され、米国は「一つの中国」を認めつつ台湾の地位については「平和的解決」を期待する立場を示した。
しかし米華相互防衛条約や台湾への軍事支援は継続され、台湾問題は米中関係改善の 最大の障害となった。フォード政権期も膠着が続いたが、カーター政権下でソ連牽制の必要性が高まり、1978年から国交正常化交渉が本格化する。中国は「台湾との断交・防衛条約破棄・米軍撤退」を要求し、米国はこれを受け入れる一方、台湾への武器供与継続と平和的解決の明記を条件とした。1979年1月1日、米カーター政権は中華人民共和国と国交を樹立し、台湾とは断交し、米華相互防衛条約も1980年1月1日に失効させたが、国内法「台湾関係法」により非公式関係を維持した。
5.上海コミュニケ
上海コミュニケは米国は「台湾は中国の一部」という中華人民共和国側の主張に異議を唱えないとしつつ、「平和的解決」を強調し、武力による統一を牽制し、台湾からの米軍撤退を最終目標とすると明記しつつ、「緊張緩和に応じて漸次削減」という曖昧な条件を付けた。この条項は、後の「一つの中国政策」と「戦略的曖昧さ」の基盤となり、1979年までの米中交渉の核心となった。
1979年1月1日に発効した「米中外交関係樹立に関する共同コミュニケ」[6]は、中国は一つで中華人民共和国が唯一の合法政府と明言しつつ、
このアメリカの対台湾「戦略的曖昧さ」外交政策において最も重要なのが(国際条約ではなく)国内法として制定された「台湾関係法(1979年4月10日制定)」である。同法は台湾本島と澎湖諸島を「台湾」と定義し台湾を国家とは認めず台湾当局(the governing authorities on Taiwan)と記し、台湾の安全保障を脅かす事態は米国の重大な関心事であると明記しつつも、米国大統領に台湾防衛のための軍事行動を選択肢として認めるが、義務とはしていないのがその好例である[8]。
中華人民共和国側の台湾問題にとっての最重要な「戦略的曖昧さ」は、上海コミュニケにおいてもアメリカとの国交樹立のコミュニケにおいてもそれ以降も、中国統一の為に台湾に侵攻するとも侵攻しないとも明言せず、侵攻しないとの法的拘束力のある公式な条約、協定、声明などを行わず、侵攻しないとの言質を与えていないことである。
一方で上海コミュニケにおいて「台湾の解放は中国の内政問題であり、いかなる国も干渉する権利を有しない」と台湾問題が中国の内政問題で内政干渉を許さないこと、そして「一つの中国、一つの台湾」、「一つの中国、二つの政府」、「二つの中国」、「独立した台湾」、「台湾の地位は未定」と主張するいかなる活動にも「断固として反対する(firmly opposes)」と述べるにとどまり、治安出動を匂わせながらも、台湾の独立運動の抑圧に武力に訴えるとも明言していない[9]。
確かにアメリカに従来の「戦略的曖昧さ」を放棄して台湾防衛の為なら中華人民共和国との全面戦争、第三次世界大戦に陥るリスクがあっても戦争をするとの意志を明確にすべきとの「戦略的明確さ」に戦略転換すべき、との主張があることも事実である[10]。
注 [4] 坂田靖弘『文献紹介 018 仮訳:米国の対台湾政策が内包する抑止効果の不確実性(Alastair Iain Johnston, Tsai Chia-Hung, George Yin, and Steven Goldstein,“The Ambiguity of Strategic Clarity”, War on the Rocks, 2021/06/09)防衛戦略研究室(2021年6月21日)1頁参照。 「戦略的曖昧さ」についての理論研究においては「階層的組織において“戦略的曖昧さ”は支配層の意図を意図的に不明瞭化することによって統制を維持し、相互に矛盾する利害を調整する手段として機能する。その中核的メカニズムは選択的コミュニケーションであり、トップマネジメントは権威を保持しつつ明確なコミットメントを避けるために、戦略的に曖昧なメッセージを発信する。そうすることで支配者は裁量権を確保したまま、組織活動の方向性にきめ細やかな影響を及ぼすことが可能となる。もう一つの重要なメカニズムとして逆説的ナラティブが挙げられる。それは相矛盾するか、あるいは意図的に曖昧にした言説で、対立する利害の均衡を図り、組織の安定性を維持するものである。こうしたナラティブは、具体的行動への明示的な拘束を伴うことなく、統一性あるいは柔軟性の印象を与え、組織内諸部門にまたがる資源の調整を容易にする役割を果たす」などと論じられている。Cf., Louisa Selivanovskikh, Pier Luigi Giardino, Matteo Cristofaro, Yongjian Bao永建宝, Wenlong Yuan文龍元, Luming Wang王魯明, “Strategic ambiguity: a systematic review, a typology and a dynamic capability view”, Management Decision, Volume63, Issue13, 2025/02/27, 141頁参照。 [5] 台湾問題の関連条項は以下の通り。 アメリカ合衆国は、台湾海峡両岸のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認知する(acknowledge)。アメリカ政府はその立場に異議を唱えない。中国人自身による台湾問題の平和的解決に関心を持つことを再確認する。この見通しを念頭に、台湾からのすべての米軍および軍事施設の撤退という究極の目的を確認する。その間、地域の緊張が緩和されるにつれて、台湾における米軍と軍事施設を漸次削減していく。 [6] 主な台湾関連条項は以下の通り。 アメリカ合衆国と中華人民共和国は、1979年1月1日をもって互いを承認し、外交関係を樹立することに合意した。アメリカ合衆国は、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法的政府として承認する。 この文脈において、アメリカ国民は台湾の人々と文化的、商業的、その他非公式の関係を維持する。 [7] 問題となるのはアメリカ政府の英語の正文では同コミュニケの第7パラグラフ「アメリカ合衆国政府は、中国は一つであり、台湾は中国の一部であるという中国の立場を“認める(acknowledges)”」と“承認(recognizes)”の語を用いていないのに対して、中華人民共和国の正文では第2パラグラフの合法政権として承認する(承认中华人民共和国政府是中国的唯一合法政府)と同じ“承认”を用いている(承认中国的立场即只有一个中国台湾是中国的一部分)ことである。 [8] 同法2章(b)6項は「米国は台湾人民の安全、社会、経済体制を危険にさらす武力行使や強制に対し抵抗する能力を維持する(maintain the capacity to resist)」定めているが、これは国際法上も国内法上も台湾防衛のための軍事介入の義務を意味しない。 [9] 1972年の上海コミュニケ、1979年の国交樹立コミュニケに立ち合い、その後も対中外交に深くかかわったキッシンジャーの回顧録によると、私的な会話では北京政府の首脳たちは台湾進攻を時間の問題であることを明言していたが、具体的な時期は誰も口にしなかった。 1973年に毛沢東はいつの日にか武力行使をするが100年待つこともでき、当面はそれを先延ばしにすると述べた。352-354頁。1975年には、今ではないが、5年、10年、20年、100年後かいつになるのか言うのは難しい、と述べた。387-388頁。1995年に「100年待つとの毛の約束はまだ有効か」と尋ねられ江沢民主席(当時)は後77年だと答えたが、2001年には台湾問題について、「平和的解決、一つの国家に二つのシステム」と普段は言うが「 武力を使わないと約束はできない」と付け加えることもある、 と江は述べた、という。ヘンリ-・A・キッシンジャー『キッシンジャー回想録 中国(下)』岩波書店(2021年1月15日)352-354、387-388、593、602-603頁参照。 防衛研究所中国研究室の五十嵐隆幸が指摘する通り、中国が「〇〇年に侵攻する」と明言 したことは一度もなく、2027 年侵攻説の発信源は米国であり、中国は「そのような計画はない」と明確に否定している。五十嵐隆幸「トランプ 2.0 と「台湾問題」の行方」『NIDSコメンタリー』第365号(2025年2月4日)参照。 [10] 坂田は「「戦略的曖昧さ」に対して、最近の米国では、むしろ「戦略的明確 さ(strategic clarity)」政策を採用すべきとの考えがシンクタンク等を中心に論じられている」と述べている。坂田『文献紹介』1頁参照。また元外交官の宮家邦彦も、アメリカで曖昧戦略を見直せとの声が高まっているとし、リチャード・ハース米外交問題評議会名誉会長(元国務省政策企画局長)が2020年9月2日付『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿した論考「米国は台湾を防衛する意図を明確にせよ」と元下院軍事委員会副委員長エレイン・ルーリア民主党下院議員が2021年10月11日付『ワシントンポスト』紙で発表した記事「米議会は台湾に関しバイデンの制約を解くべし」を紹介している。しかし宮家も「米国が曖昧戦略を一方的に放棄すれば -中略ー 中国は、台湾問題を平和的に解決するとの約束を公然と反故にする口実を得るため、台湾の安全はむしろ害されることになる。ー中略ー 米国の戦略的曖昧さが続く限り同盟国が台湾問題に巻き込まれる可能性は低いので米国の曖昧戦略は同盟国にとっても利益となっている。-中略ー 仮にこの戦略を転換するなら ー中略ー 新たな抑止メカニズムを欠くいかなる政策変更も成功せず、逆に米国は台湾防衛という実行困難な「レッドライン」の罠にはまることになる」と述べて、「戦略的曖昧さ」を続けるべきであると結論している。宮家邦彦「"もしトラ"で台湾有事となれば「米国は台湾を見捨てる」のか」2024年08月27日付『PRESIDENT Online』参照。
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(中略)
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課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。
(中略)
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(「はじめに」より抜粋)
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<著者略歴>
高市早苗(たかいち・さなえ)
1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙に奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年、第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長に女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。
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