【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは?「日本政府が国際政治を全く理解していない」と分かる理由【中田考】
《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第4回】

2.国際連合とは
国際連合(United Nations)はその名からも分かる通り、もともとは第二次世界大戦に勝った連合国(United Nations)が戦後に連合国に都合がよい国際秩序を作るために枢軸国をいかに処分するかが創立当初の最重要課題であった。連合国といっても実際には国連憲章の草案を作ったのは米英中ソであり、特に大日本帝国(日本)とドイツ帝国(Reich)を解体し二度と彼らの脅威とならないように無力化することがその至上命令であった。
しかし大戦中から欧米資本主義諸国はソヴィエト連邦の共産主義をファシズムに替わる脅威とみなすようになり、1945-1949年の中国の国共内戦、1950-1953年の朝鮮戦争により欧米資本主義諸国と世界の共産主義化を目指すソ連の対立は決定的になり、欧米とソ連がアジア・アフリカで代理戦争を繰り広げる東西冷戦が始まると、国連も東西冷戦の外交戦の舞台となった。
第二次世界大戦の敗北後、日本は実質はアメリカ軍である連合国軍総司令部(GHQ)の占領行政下で「天皇制全体主義」から「自由民主主義」への思想改造を施されると同時に、徹底した非軍事化政策が実施された。1947年5月3日に施行された日本国憲法は第九条において「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を明記し旧日本軍は完全に解体され日本は「平和国家」として再出発することを余儀なくされた。
しかし1950年6月に勃発した朝鮮戦争は日本の安全保障政策に決定的な転機をもたらした。大日本帝国から日本国へと転生した“帝国日本”がアジアにおける反共の砦として位置づけられたことにより、「思想改造」は棚上げされ中途半端なものに終わった。公職追放になっていた岸信介をはじめとする大日本帝国の亡霊たちが政界復帰し、戦前の国粋主義、権威主義、全体主義的傾向が復活し日本の右傾化が制度的に定着した。
軍事的にも極東の安全保障を担う在日米軍の多くが朝鮮半島へ出動した結果日本国内の防衛空白が顕在化したため、同年7月8日にGHQのマッカーサー指令により名目上は国内治安維持のための組織であったが実質的には再軍備の第一歩となる「警察予備隊」が創設された。
更に1952年4月にサンフランシスコ平和条約で日本が主権を回復すると同年8月には警察予備隊が「保安隊」に改組され、海上保安庁の一部を「海上警備隊」として編入し保安庁が設置され、1954年7月には防衛庁設置法と自衛隊法が施行され陸海空自衛隊が正式に発足し、日本は憲法九条の制約の中で冷戦下における「反共の砦」として再軍備を進めた。
3.日中国交正常化
大きな転機となったのは1972年の日中国交正常化であった。2月のニクソン大統領の訪中に呼応し9月に田中角栄首相と周恩来首相の間で「日中共同声明」が調印され日本は中華人民共和国を唯一の合法政府と承認し台湾(中華民国)との外交関係を断絶した。日本はそれまで「反共の砦」として台湾・韓国との関係を重視していたが、中国との国交樹立と台湾断交によって日本は「台湾防衛」に関与しない立場を明確化し、日本が「軍事大国化」ではなく自衛隊による専守防衛の「平和外交」を志向していることを国際社会に示すことができた。
ところが1991年のソ連崩壊による冷戦終結によって、日本の安全保障政策は新たな転機を迎えた。「反共の砦」としての役割は終わり、1990-1991年の湾岸戦争により日本は「国際貢献国家」となることを求められ、1992年にはPKO協力法が制定され、自衛隊の海外派遣が初めて合法化された。
2001年9月11日の米同時多発テロ以降、国際安全保障の焦点がテロ対策へと移ると日本は「テロ対策特措法」を制定してインド洋で給油活動を行った。さらに2004年にはイラク特措法に基づき、自衛隊が戦闘地域以外で活動するなど、国際貢献の幅は拡大した。2007年1月9日に防衛庁が「防衛省」に昇格し、国防政策の政治的地位は格段に強化された。2014年には安倍政権が集団的自衛権の限定的行使を容認し、翌2015年には安保法制が成立して自衛隊の活動範囲は大幅に拡大した。
以上が、高市発言に対して中国が“敵国条項”を持ち出した歴史的背景である。それに対して、高市は発言撤回を拒否しており、日本政府は“敵国条項”は死文化していると反論している。しかし実はこの反論は目新しいものではない。日本政府は国連に加盟した1956年以来再三再四“敵国条項”が死文化していると訴え削除を要求し続けているが、70年かけて削除を実現できずにいるというのが現状である[2]。
冷戦が終わると国際情勢の変化の中で、二国間関係では当時のソ連大統領ゴルバチョフとの間で1991年4月18日に日ソ共同声明(後のロシア連邦へ継承)で“敵国条項”について「その規定は既に時代遅れであり、意味を失っている」との認識を共有するとの文言を盛り込むことができた[3]。
そして国連創立50周年にあたる1995年12月11日の第50回国連総会では「国際連合憲章第53条、第77条および第107条に含まれる“敵国条項”が、すでに obsolete(死文となっている)ことを認識し(notes)、憲章が次に改正される際にそれらの条項が憲章から削除されることを期待する(notes)」との決議(Resolution 50/5)が中国を含む賛成155か国、反対ゼロ、棄権3カ国で採択された。外務省はこの決議を根拠にその後も「旧敵国条項は実質的効力を失った」と繰り返しているが、それから既に30年が過ぎてなんら進展はない。
注 [2] 国連加入以来、1960年代を通じて日本は削除を働きかけてきたが、1970年の第25回国連総会で当時の中山外相が“敵国条項”の削除を訴え、同外相は1990年10月の第45回総会でも同様の訴えを行ったが、それは日本政府代表による公式削除要求としては4回目であった。 実は最近公開された外交文書によると、中山外相(当時)は村田良平駐米大使を通じて、当時のブッシュ(父)大統領に、自発的申し出として日本の安全保障理事会理事国入りと併せて“敵国条項”の削除を提案してもらえないかと打診していたが、結局ブッシュ大統領と直接交渉する段階までいくことができず頓挫した。藤田直央「「日本は世界平和に貢献していく」旧敵国条項の削除、米へ異例の打診」2021年12月26日付『朝日新聞』参照。 [3] 駒木明義「コメントプラス」(「「日本は世界平和に貢献していく」旧敵国条項の削除、米へ異例の打診)2021年12月26日付『朝日新聞』参照。
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(中略)
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(中略)
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(「はじめに」より抜粋)
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<著者略歴>
高市早苗(たかいち・さなえ)
1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙に奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年、第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長に女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。
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