見えなくなったものを忘れるな! 柴崎友香著『帰れない探偵』を読む【緒形圭子】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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見えなくなったものを忘れるな! 柴崎友香著『帰れない探偵』を読む【緒形圭子】

緒形圭子「視点が変わる読書」第22回 『帰れない探偵』柴崎友香著

  

■いくら技術や情報操作が進んでも、変わらないもの

 

 『帰れない探偵』の主人公の「わたし」は世界探偵委員会連盟の本科を卒業した後、専修のコースを修了し、フリーの探偵となった。とある国のとある街に来て、マンションの五階の部屋に事務所を構えたのだが、ある日事務所に帰ろうと思ったら、マンションに通じる路地が消えていた。

 日常生活を営む場所に突然異次元世界への入り口が現れたり、消えたりするといった話はSFの定番だが、この小説はそういう話ではない。

 はっきりとは書かれていないが、一般市民には秘密裡に国家による情報操作が行われ、その操作は現実にあった道をも消してしまう。そんな世界が「今から十年くらいあと」に展開されているのだ。

 情報操作に気づいている者もいて、港のターミナル駅のコインロッカーの扉には、〈見えないことは忘れること 忘れることはなくなること〉と落書きがされている。わたしがそれを見ていると、駅員が三人ばたばたとやってきて、「離れてください、早く」と言い、たちまち落書きは消されてしまう。

 あるいは情報を操作しているのは国家ではないのかもしれない。『帰れない探偵』には、スノコルミー社という巨大企業が登場する。開発したソーシャルメディアの巨額の売却金であらゆるデータを保存するプラットホームを作り、ほんの数年でこの会社の情報なしではどんな企業も活動できないような状況になってしまった。世界の気象をも支配しようとしていて、台風の進路を変える技術開発を行っている。

 この四半世紀のGAFAMの勢力拡大やTeslaNIDIAの台頭を見ていると、現実世界において、国家を超える力を持った企業に全世界が支配されてしまうのも遠い話ではないかもしれない。

 しかし、いくら技術や情報操作が進んでも、変わらないものもある。

 探偵であるわたしの仕事は、誤って売ってしまった祖父の蔵書探し、小学生の仲違いの仲裁、盗まれたエンゲージリング探し、リゾートホテルの客の監視といった、100年前から変わっていないであろう、日常の些細な困りごとへの対応である。わたしには特に重要な使命があるわけでなく、世界探偵委員会連盟の指令によって世界中の国をわたり歩きながら、こまごまとした仕事によって糊口をしのいでいる状況だ。探偵といっても一介のサラリーマンに過ぎない。

 それでも時には、探偵らしい依頼もある。連続殺人事件が起きたとある町で、殺された女子学生の両親から、娘が殺された当時つき合っていた男子学生を探して欲しいと頼まれる。

 その町には双子の山があり、未解決の女子学生殺人事件――となれば、当然思い浮かべるのは、デビッド・リンチ監督によるTVドラマ『ツイン・ピークス』だ。

 1990-91年にアメリカで放送されて大ヒットし、日本では19914月のWOWOW開局記念番組として放送された。私が見たのは、その後出回ったレンタルビデオだったが、ドラマ全体を覆う不穏な空気にぞくぞくしたのを覚えている。

 そういえば、このドラマのイントロに登場するのが、シアトル近郊にあるスノコルミーの瀧だ。作者の柴崎友香はきっと『ツイン・ピークス』のファンなのだろう。

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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