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見えなくなったものを忘れるな! 柴崎友香著『帰れない探偵』を読む【緒形圭子】

緒形圭子「視点が変わる読書」第22回 『帰れない探偵』柴崎友香著


何が起きるか予測がつかない。これまでのやり方が通用しない。そんな時代だからこそ、硬直してしまいがちなアタマを柔らかくしてみよう。あなたの人生が変わるきっかけになるかもしれない・・・そんな本がここにあります。「視点が変わる読書」連載第22回。「見えなくなったものを忘れるな! 戦い続けるために必要なこととは」 柴崎友香著『帰れない探偵』を紹介します。


【第151回芥川賞・直木賞受賞者発表】「春の庭」で第151回芥川賞を受賞し、記者会見に臨んだ柴崎友香さん(2014年7月17日)

 

見えなくなったものを忘れるな!

『帰れない探偵』柴崎友香著

 

■過去、現在、未来を生きる誰かと繋がっている

 

 ご存知の方も多いと思うが、今年、20256月から、アマゾンで物品を購入した際の領収書が表示されなくなった。

 以前は「注文履歴」から「領収書等」をクリックし、「領収書/購入明細書」を選択すると領収書が表示され、それをプリントアウトして会計資料として使用することができた。ところが、今年の6月から「領収書/購入明細書」を選択すると、「注文詳細」が表示される。「注文詳細」は領収書ではない。これでは経理処理で困るではないか! と、ネットで調べてみたが、アマゾンからの公式説明はない。いまだに個々人が調べて対応する状況が続いている。 

 多分インボイスなども影響しているのだとは思うが、公式説明がないので、分からない。ネット情報によると、アマゾンに電話をすると、「システム改修中」とそっけない答えを返されるだけだそうだ。

 そんな中でも有効な情報があり、「注文詳細」のURLの途中に「legacy」という言葉を挿入すると領収書が出るという。やってみたら、本当に出た!

 「legacy」の意味は「遺産」、「受け継がれるもの」。何とも意味深ではないか。

 最近思うのは、気づかないうちに常識と思っていたことが変わっているということだ。アマゾンの領収書の件にしろ、いつの間にか新しいシステムに変わっていて、それが当たり前となり、知らないほうが悪いということになってしまう。古いものは「legacy」として残ればいいが、なかったものとされる可能性も高い。

 見えなくなったものはなかったもの――。

 『帰れない探偵』には、そうした状況が進行した近未来の世界が描かれている。

 

柴崎友香著『帰れない探偵』(講談社)

 

  「今から十年くらいあとの話」

 七話の小編から成るこの小説は、いずれの編もこの言葉で始まっている。

 普通物語は、「これは、今から十年くらい前のお話です」とか「昔、昔、あるところに」といった具合に現在を起点にして過去を振り返る。ところがこの小説は現在を起点に未来を語っていて、「今から十年くらいあとの話」の一言で読者は時間の迷宮に誘い込まれることになる。

 柴崎友香は時間を描くのがうまい作家だ。

 芥川賞を受賞した『春の庭』では、東京オリンピックが開催された1964年、東京の世田谷区に建てられた水色の洋館を中心に、かつてそこに住んでいたCMディレクターの牛島タローと女優の馬村かいこ夫婦の時間と、現在その家の隣のアパートに住む太郎と西という女性の時間が微妙なからみ合いを見せる。

 

『春の庭』(文春文庫)

 

 『百年と一日』では、この百年の間のある時、ある場所で生きた人々のささやかな日常が思いもよらないところで繋がっていく。特徴は、「一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経ってもまだ会えていない話」、「水島は交通事故に遭い、しばらく入院していたが後遺症もなく、事故の記憶も薄れかけてきた七年後に出張先の東京で、事故を起こした車を運転していた横田をみかけた」など、一編一編に長いタイトルがつけられていること。一方本文は短く、68頁の掌編に凝縮された33の人生が収録されている。

 

『百年と一日』(ちくま文庫)

 

 「人は自分の記憶や経験だけでなく、他者の記憶や経験をも生きているものだと思います」

 これは作者の言。そう、私たちは自分が意識しないところで、過去、現在、未来を生きる誰かと繋がっているのだ。

次のページいくら技術や情報操作が進んでも、変わらないもの

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福田和也コレクション2:なぜ日本人はかくも幼稚になったのか

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保守派の論客・福田和也が

遺したものとは何だったのか・・・

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✴︎「福田氏は、保守派の論客であるが日本国家が自明であるとは考えていなかった。」

✴︎「福田氏が考えていたのは、全ての人間に備わった責任感ということだったように私には思えてならない。」

✴︎「『真剣な問に対して、責任を持って答えるとはどういうことか』について、私は福田氏から多くを学んでいる。

第一部 日本とは何か

日本の家郷

「内なる近代」の超克

日本人であるということ

乃木希典

保田與重郎と昭和の御代

第二部 ナショナリズムとは何か

なぜ日本人はかくも幼稚になったのか

この国の仇

余は如何にしてナショナリストとなりし乎

大丈夫な日本

【解説一】西部邁 【解説二】久世光彦 【解説三】角川春樹

本書解説 佐藤優

「福田和也氏の普遍主義とアナーキズム」

総頁676頁の【完全保存版】

 

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◆第一部「なぜ本を読むのか」

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◎中瀬ゆかり氏 (新潮社出版部部長)

「刃物のような批評眼、圧死するほどの知の埋蔵量。

彼の登場は文壇的“事件"であり、圧倒的“天才"かつ“天災"であった。

これほどの『知の怪物』に伴走できたことは編集者人生の誉れである。」

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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