自民党新総裁・高市早苗、公明党の連立解消で排外主義ポピュリストへの接近と政界再編。一挙に右傾化が加速する危険性大【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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自民党新総裁・高市早苗、公明党の連立解消で排外主義ポピュリストへの接近と政界再編。一挙に右傾化が加速する危険性大【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第1回】

 

◾️4.近代西欧文明の衰退とグローバル・サウスの台頭

 

 かつて繁栄を誇ったスラヴ=ギリシャ正教帝国、オスマン帝国、ペルシア帝国、ムガル帝国、そして中華帝国の人々は、その盛時において自らの文明の洗練と富の繁栄を誇り、西欧世界の文化的・政治的制度の後進性、腐敗、堕落を軽蔑していた。

 二十一世紀に入ってもなお現存する非西欧文明諸国は、近代西欧文明が築いた世俗的ナショナリズムの理念と「領域国民主権国家システム」に組み込まれ、その枠内で抑圧され、周縁化されてきた。しかしハンチントンは『文明の衝突』において、西欧の覇権に翳りが差す時、かつて抑え込まれていた反西欧的情念が再び顕在化することを予想していた。

 二十年にわたり西欧的支配からの解放闘争を続けたタリバン政権(アフガニスタン・イスラーム首長国)の復権を許した2021年の米軍主導占領軍の撤兵を皮切りに、2022年のロシア=ウクライナ戦争、2023年に始まるイスラエルによるガザ戦争におけるジェノサイド、2025年に成立した第二次米トランプ政権による関税戦争に対する国際的反応の中に明白に看取される欧米諸国(+日本)の軍事的・外交的影響力と道義的威信の低下、ならびにグローバル・サウス諸国の台頭を通じて、我々は今まさにハンチントンの予言が現実のものとなる過程を目撃している。高石早苗が自由民主党(自民党)新総裁に選ばれた2025年10月4日の自由民主党の総裁選挙はこうした文明史的状況において行われた。

 

◾️5.石破首相の役割

 

 筆者は、2025年8月24日付の『みんかぶマガジン』で以下のように書いた。

 

 既存の秩序、既成の価値観が目の前で音を立てて崩れていく先の見えない混迷の時代に求められているのは、場を支配し日本人の思考と行動を麻痺させる「空気」に「水を差す」ことが出来る指導者、即ち「空気を読まない(KY)」オタク首相石破である、というのが筆者の見立てである。

 とはいえ「空気」に支配され、実体語の機能不全と空体語の肥大、過激化が同時に進む「空気」が支配する特殊日本的情況は、言うなれば「上部構造」であり、それはその下部構造である1990年代のバブル崩壊後の経済停滞現在に至る政治の機能不全、人口減少と社会保障の圧迫、技術革新の遅れ、国際影響力の低下が複合的に絡み合い構造改革を先送りした結果として長期停滞を招いた所謂「失われた30年」という長い年月をかけて制度疲労し澱が蓄積し問題が蓄積した政治・社会・経済・科学技術・風紀の劣化という下部構造の産物、反映である。そういう歴史的・構造的・重層的に複雑な問題は、いかに国家指導者である首相の地位に強靭なKYのオタクの指導者を戴いたとしても、その首相が「空気」に水を差しただけで解決することができるほど甘いものではない。

 石破が分極的多党制の微妙で不安定なバランスの上に首相を続行できたとしても、もともと弱い与党の党首であり党内に大きな反対勢力を抱える彼が日本の強いリーダーとして思い通りの政策を実現できる可能性は極めて限られている。しかし放っておけば、声の大きい排外主義者、国粋主義者が醸成する極右的「空気」に流され坂道を転げ落ちるように日本が右傾化し世界の孤児になるのを、その場の「空気」を読まずに「水を差す」ことで、遅らせることは可能である。

 

石破茂

 

◾️6.高市新総裁の誕生

 

 党内の支持基盤が弱かった石破政権に出来ることは最初から限られていたのであり、「帝国」日本が抱える問題を解決することは期待できなかった。しかし石破政権は排外主義者、国粋主義者がポピュリズムの迎合し凋落を遅らせる歯止めの役割を果たしていた。ところが党内の「石破下ろし」の圧力に抗せず、総裁辞任を已む無くされ、石破路線の継承を掲げた林、小泉でなく排外主義のポピュリストの高市が新総裁となったことで、極右化への奔流を石破が1年にわたってかろうじて堰き止めてきたダムが決壊することになった。

 

自民党総裁に高市早苗が選出(2025年10月4日)

 

 日本は少なくとも今後3年は、MAGAトランプ政権の無理難題に晒されることになるだろう。アメリカは第二次世界大戦終結以来これまで80年に亘って圧倒的な軍事力と工業力に支えられた安定したドルを提供し安全な航海、飛行、財産権を保障することで世界の経済活動の保険となるグローバルな公共財を西側自由民主主義・資本主義陣営に寛大に提供してきた。ところがアメリカがその永年の国際貿易のルールを反故にして短期的な視野で暴力的な威嚇による「アメリカ・ファースト」の「ディール」でアメリカの国益の最大化を図る「ルール・チェンジャー」、MAGAトランプ政権として立ち現れたからである。

 米国の戦略エリートが外交政策を語るプラットフォームであり、ワシントンの思考様式を世界に伝播する装置でもある『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』2015年10月号は日本の政治の現状を、長年にわたる構造的な変化に適応できずにいる政権与党のリーダーシップが失われているため地政学的な地殻変動に対応するのが難しく、中でも世界経済や同盟国から絞り上げるワシントンのアプローチ(extractive approach)が差し迫った課題である、と分析する。

 一方で同誌はポピュリズム極右政党(populist far-right)の参政党については、反外国人を前面に押し出して参議院で14議席を獲得し大躍進を遂げたことを特筆し、外国人が問題を作り出して犯罪が増え国家アイデンティティが失われていると主張して保守的な若者の間で支持を拡大し、1990年代初めのバブル経済崩壊後に社会人になり経済的に取り残されていると感じてきた40−50代の有権者の心も掴み反グローバリズムを軸に政治の現状に不満な有権者をまとめあげ、選挙運動のダイナミクスを変え、偽情報の影響力を高めたと分析している。その上で多くの欧米諸国がそうだったように、このトレンドが、日本で常態化していく可能性もあると述べ、記事を「極右政党が閉鎖的な日本の怪しいメリットを売り込む流れに迎合しないようにしなければならない」との警告で締めくくっている。

 

参政党代表・神谷宗幣

 

 高市の手を縛るのは、衆参両院で過半数割れを起こした与党の弱体化に拍車をかける公明党の下野、自民党内における支持基盤の弱さ、アメリカからの圧力だけではない。国際経済・金融・政治報道に特化し世界中で広く参照されている英国の高級紙(クオリティペーパー)『フィナンシャル・タイムズ』もその社説で、日本社会の人口減少を踏まえた外国人労働者受け入れ拡大の検討が必要だと高市の排外主義的政策を批判しただけでなく、アベノミクスの特徴であった「超金融緩和」と「財政出動」による景気刺激ではもはや賃金停滞・少子高齢化・男女格差のような日本経済の構造的な問題を解決できないと述べ「国際的にも国内的にも“安倍2.0”になることはできず、そうすべきでもない」と高市の経済政策に再考を強く促している。[3]

 

[3] Cf., The editorial board,“Japan’s next PM needs Takanomics, not Abenomics”, Financial Times, 2025/10/08.

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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