AV女優を引退するときにスタッフに言われた “忘れられない言葉”【神野藍】連載「私をほどく」第4回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第4回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第4回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【「今日って予定ある? 予定のモデルが来れなくなってさ」】
この時間の着信音はなぜこんなにも嫌な気持ちにさせるのだろうか。陽の光が十分に差し込んでいない時間に電話をよこす人間は、画面を見ずとも誰だかわかる。
「もしもし、まおさん? 起きてる? 朝早くからごめんなんだけど、今日って予定ある? 予定のモデルが来れなくなってさ、二絡みで額はわるくないけど…」
「お疲れ様ですー、今日の予定ずらせるので、行きます。現場の入りは何時?」
「八時かな。七時に迎えに行くから準備しておいて。内容は追って連絡するから。よろしく、ありがとう。」
用件だけ端的に伝えて電話は切られた。二度寝しようと思えばできるが、そのまま寝てしまったら起きられなくなる気がして、重い体を無理やり動かしベッドを出る。一昨日、昨日と撮影があったので、今日の撮影で三連続となった。
「昼過ぎまで寝てる予定だったのに」と思いながらも、仕事の方が大事と自分に言い聞かせて準備を始める。準備と言っても現場に行けばメイクさんもいて、衣装もあるので私が準備しないといけないものといえば、契約に必要な印鑑と身分証、あとは撮影時に出演者同士で見せ合う性病検査表ぐらいであった。
それらをトートバッグに乱雑に詰め込み、適当に引っ張り出したパーカーとスウェットを身に着けて、マネージャーが来るのを待つ。気を抜くと寝てしまいそうだ。さすがに早朝から深夜までの撮影が続くとどうしても疲労は抜けきらないが、仕事が沢山くるうちに結果を出さないと先がないことは理解していたので、身体に鞭打っても頑張ると心に決めていたのだ。
ラインの通知音が鳴った。マネージャーが家の前に到着したみたいだ。飼い始めたばかりの犬(名前はピノ)に別れをつげ、家を出る。早稲田に通いやすいように選んだ西武新宿線沿いのこの家は新型コロナの影響で何の意味もなしていない。
助手席に乗り込み、今日の撮影現場である世田谷のスタジオへと向かう。マネージャーは立て続けにくる連絡を処理しながら、「調子はどう?最近」と聞いてきた。特に良くも悪くもなかったので「楽しいよ」と返答して、当たり障りない会話を続ける。そんなことをしている間に目的地に到着した。
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
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「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに