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ウクライナ戦争と「反グローバリズム聖戦」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」47

ロシアによるウクライナ侵攻から1年。プーチン大統領は演説で、ウクライナを「我々の歴史的な領土」と呼び、自国の核戦力の強化に引き続き取り組む意向を表明。

 

ロシアの勝利か、人類滅亡か

 ウクライナ戦争の勃発より、224日で一年となりました。

 2014年、ロシアはクリミアに軍事介入していますが、このときは2月27日の本格的な介入開始からわずか一週間後の35日までに、現地で籠城していたウクライナ軍が降伏。

 その翌日、3月6日にはクリミア議会がロシアへの編入を求める決議を採択するなど、みごとな速攻で目的を達成しています。

 

 ロシアの大統領ウラジーミル・プーチンは、今回も一気にカタをつけるつもりだったに違いない。

 侵攻開始から九日目にあたる202234日には、北京で冬季パラリンピック大会が開幕していますが、そのころまでにキーウを攻め落とし、ゼレンスキー政権を倒したうえで、ウクライナの東部、および南部を併合する道筋をつける、そんな段取りを思い描いていたのでしょう。

 つまりはクリミア介入をスケールアップさせて再現する次第。

 

 ところがどっこい。

 まる一年を費やし、最大で20万人とも推測される死傷者(ロシア軍のほか、民間軍事会社ワグネルの戦闘員を含む)まで出したにもかかわらず、状況は目的達成には程遠い。

 2022年のロシアのGDPは、欧米などによる経済制裁の影響もあって、伸び率が前年比マイナス2.1%となりました。

 まあ10%以上のマイナスになるのではないかという予測もなされていたので、それに比べればマシですが、速攻勝利の夢はどこへやら、泥沼の大戦争に足を踏み入れてしまったと言わねばなりません。

 

 しかしプーチンはめげない。

 221日に行った年次教書演説では(ウクライナを支援する欧米諸国は)戦場でロシアを打ち負かすことは不可能だと理解すべきだと断言、あくまで戦い抜く姿勢を見せます。

 

 プーチンに影響を与えていると言われる思想家のアレクサンドル・ドゥーギン(ブレーンと形容されることもありますが、本人によると直接会ったことはないそうです)など、212日、TBSの番組『ニュース1930』が行ったインタビューで、(ウクライナ戦争の帰結は)ロシアが勝つか、人類滅亡になるかの二択です。三つ目のシナリオはありませんと言い切りました。

 

 

ドゥーギンの語る「聖なる戦争」

 人類滅亡とはむろん、アメリカをはじめとする欧米諸国と、ロシアとの間で核戦争が生じるということ。

 ドゥーギンいわく。

 

 【西側(=欧米諸国)がロシアかベラルーシに対して、戦略核兵器、戦術核兵器を使えば、もうおしまいです。NATO諸国が(ウクライナ戦争に)直接、参加すれば状況が緊迫化し、終末の日が早まります。】(読みやすさを考え、表記を一部変更。以下同じ)

 

 この一年、プーチンは繰り返し自国の核戦力を誇示、先に触れた年次教書演説では、アメリカとの核軍縮合意である「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止まで宣言しました。

 条約から離脱するわけではないとしているものの、修復はほぼ不可能と言われており、核兵器使用のリスクが高まる恐れは強い。

 それが即、人類滅亡につながるとは言えないとしても、状況は決して楽観できないのです。

 

 ただしドゥーギン自身、第三のシナリオが実質的に存在すると認めている。

 ロシアが勝利を収められず、さりとて核の応酬という事態にもならなかった場合、ウクライナ戦争はいつまでも続く可能性があるとのこと。

 プーチンが失脚、ないし死去しても終わらないらしいのですが、ならばロシア国民(の多く)はなぜ、そこまで戦争遂行にこだわるのか。

 

 ここでドゥーギンは興味深い発言をする。

 はじめのうちは、そうではなかったというのです。

 

 【この特別軍事作戦は軍事的な側面で見ると、失望に近いものになったと思います。224日にわれわれが行った先制攻撃によって、敵は混乱し(負ける)と思っていました。素早く勝利ができなかったことは、社会を失望させたということを強調したいです。】(カッコは原文)

 

 ところがロシア国民は失望を乗り越える。

 何が起きたのか?

 

 【(2022年秋ごろから)これは限定的な反テロ作戦や、領土の統合ではなく、文明の戦いだということを国民が理解しはじめたのです。特別軍事作戦の目的は、国民も政府も理解している通り、多極世界の構築であり、ロシアは中国やイスラム諸国や南米諸国などと同様に、独立した極になります。一極集中の世界と、多極世界との戦いである、長期的で大変な戦争に準備しなければならないということを理解したのです。】

 【今、この戦争は、ロシア社会にとって聖なる戦争です。(中略)私たちは欧米との戦争に入ったということを、国民が理解しはじめました。勝利するまでは欧米との交渉、ましてや操り人形のウクライナとの交渉はありえないということは分かっています】(文脈を考慮し、誤記と判断した点を一ヶ所修正)

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佐藤 健志

さとう けんじ

佐藤健志(さとう・けんじ)
 1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。
 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。
 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。
 主著に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)、『右の売国、左の亡国 2020s ファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。共著に『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』( VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』( PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年12月、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。
 2019年いらい、経営科学出版よりオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻に続き、現在は『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻が制作されている。

 

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